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Sweet Baby Doll Ⅰ

「天海さんプレゼントがあるんだけど」 天海のマンションの部屋の扉を簡単にくぐった男は、その人好きのする顔、多分織部が意図して作った顔をぱっと綻ばせてそう言った。そして火のついていないタバコを銜えたままの天海の胸に、黒とピンク色で綺麗に飾られた小さな手提げ袋を、ずいっと押し付けるようにして渡した。ちらりと見ると、書いてあるブランドのロゴは、天海の知らないものだった。天海はそれを受け取る以外の選択肢がなく、仕方なく手に取ってから、革靴を少しだけ俯いて脱いでいる織部に目をやった。 「なんだこれ」 「えへへ、ベビードールっていうんだけど天海さん知らない?ちょっと着替えてきてよ」 「・・・着替え?服か何かか?」 それにしては小さい手提げ袋に収まっているような気がする。天海の疑問には織部は答えないで、にこにこと笑ってまるでよく知っている場所みたいに部屋の奥を指さした。 「俺、寝室で待ってるからさ」 そうして意味深に呟く。 天海は一人暮らしのくせに、家にはキングサイズのベッドがある。ここでもしかしたら知らない誰かと一緒に過ごしていたのかもしれないし、今の自分がそうしているみたいに、天海と飽きずに抱き合った過去の男がいたのかもしれないと、寝室に一人でいると、そのベッドの余白にも、部屋の余白にも良くない思いを馳せてしまう。好きだった人のことについては、天海に聞いても何も教えてくれないので、織部は空しく想像するしかない。ジャケットを脱いで、窮屈なネクタイを緩めてしばらくそうして待っていると、ややあって寝室の扉がゆっくり開いて、そこから天海が顔を覗かせた。 「あ、あまみさ・・・―――」 ベビードールを渡しはしたものの、勿論織部は天海がそれを大人しく着てくれるとは思っていなかったし、何かと交換条件とか、具体的な方法が何か思いついているわけではなかったけれど、何か別の方法で、話術を駆使して頷かせなければならないと思っていたので、そこに天海が裸足で立っていて、織部は心底びっくりした。天海はそこでいつもの感情の読めない表情で、確かに織部がさっきにやにや顔で渡した小さい手提げ袋に入っていたベビードールを、確かに着て立っていた。 (・・・夢かこれ・・・?) 「オイ、着方はこれであってるのか」 (・・・そこなの、マジ?) 自分で渡しておきながら、困惑する織部のほうにすたすたと天海は近寄ってきて、そのままベッドに乗り上げてくる。もしかしたら何か悪いものでも食べたんじゃないかと思って、織部は若干青くなりながら、天海の顔を覗き込んだけれど、天海はやっぱりいつもの無表情だった。 「おりべ」 「・・・な、んですか」 「こっちの紐が結べない」 何でもない表情で天海はそう言って、わずかに半身になって、ピンク色に透けたベビードールの裾を捲って、左側のショーツの紐を差し出してくる。これは結べということなのかと、まだ目の前の現実に追いつけてない織部は、それを震える指でちょうちょ結びにしてから、解けるといけないと思ってその上からさらにもう一度固く結んだ。そしておずおずと視線を上げると、天海はそこで膝立ちになり、織部のことを見下ろしていた。天海の真っ白の肌に、メルヘンなピンク色と溢れんばかりのレースとフリルが、思ったよりしっくりきていると馬鹿な頭は考える。天海は痩せていて華奢なひとではあったが、骨格は男のそれで間違いなかったので、一番大きいサイズを買ったけれど、ちゃんと着ることができるのかどうか分からなかったが、そこで平気そうな顔をしている天海は、それに違和感はないようだった、それはもう驚くほどに。 (いや、違和感なきゃダメだろ、なんで天海さん素直に着て・・・―――) 再三、自分で手渡したことを棚に上げて、織部は思わずにはいられなかった。女の子でもこんなにすんなり着てくれないだろう。それなのに天海は無表情で、織部のことを見下ろしている。その視線になぜか織部のほうが耳が熱くなってくるのだからもうどうしようもない。 「照れとか、なんか、ないんすか、あまみさん・・・」 「照れ?なんで照れる必要がある」 「なんでってそりゃぁ、まぁ」 「お前しか見てないのに」 するとそのままの天海がふっと動いて、織部の顔を両手で掴んだ。ベッドの上に膝立ちになっている分、天海のほうが少しだけ視線が高い。あ、と織部が思った瞬間には、もう唇が塞がれていた。ややあって、織部の唇を強引にこじ開けて、天海の生温い舌が口の中に入ってくる。 (今、すげぇこと言われた気がする) (天海さん、キス、嫌いなのに) 変だと思ったけれど、天海にそれを尋ねては、この先もうキスをしてくれなさそうなので、織部は黙ったまま天海の背中に手を回した。冷たい皮膚の上をピンク色のリボンが這っている。指先がとらえる感覚でさえ、いつものそれとは随分と違った。ふっと唇が離れると、天海の熱のない頬は少しだけ上気していて、唇はお互いの唾液で濡れていつもより赤く光っているように見えた。 (もしかして天海さん、興奮してる?) 女物の下着を着せられて、興奮しているなんてどうかしている、と思ったけれど、天海に限っていえば、そういうこともありそうだと織部は失礼ながら考えた。織部がほとんど力づくのごり押しで今の地位を獲得するまでは、天海は毎回違う男と頭が真っ白になるまでセックスをしていたというし、天海が性的に奔放でいて、それが沢山の女の子を相手にしてきたと自負している織部の想像さえも軽く超えていることを、織部は何となく気づいていたけれど、認めたくはなかった。織部はというと、大学時代から勿論社会人になってからも、毎日のように合コンをしては、女の子をお持ち帰りしていたけれど、性癖は多分ノーマルだった。天海が未だにくどいように言う、ゲイとノンケとかそういう話でもなく、性的な嗜好という意味で。 「天海さん、想像よりずっと似合ってる、かわいい」 「頭がおかしいんじゃないかお前は」 無表情で天海はそう呟いたけれど、織部はそれに簡単に口角が上がるのを止められない。 (頭がおかしいのはアンタのほうだろ) 口には出さずに思いながら笑って、天海の腰を引き寄せると、ピンクの胸の突起をそれを覆っている頼りない薄い布ごと口に含んだ。びくりと天海の体が簡単に腕の中で脈打つ。 (んー、カップ数は一番小さいやつにしたけど、流石に布余ってるな、ここは) 歯を立てるようにして軽く噛むと、頭の上で天海が声を殺すのが聞こえた。ちらりと見上げると、天海は目の周りを赤くして、織部のことをただ見つめていた。

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