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サイハテトレイン Ⅱ
「織部」
ふっと隣の天海が急に話しかけてきて、思考が中断する。
「あ、なに?」
「お前、くれぐれも捕まるなよ」
「あ、心配してくれてんの、やさしーね、天海さん」
「俺はかばってやらないからな」
「いやかばってよ、プレイでしたって一緒に謝ってよ」
言いながら、織部があははとわざとらしく笑うと、それを見ながら天海は少しだけ眉間に皺を寄せた。ともあれ、電車の中で誰か知り合いに遭遇する危険を考えて、事務所近くの沿線ははじめから外しておいた。これは完璧に計画的犯行だった。それにしても、天海の口ぶりでは痴漢に遭ったのが、一回や二回ではないようだったが、その電車には誰も事務所の人間は乗ってなかったのだろうか。それともやはり天海が男だから、痴漢に遭うなんていう頭がそもそもなかったのかもしれない。考えている間に、いい具合に混んでいる電車がホームに到着して、扉が開くやいなや沢山の乗客が降りてきた。少しだけ天海のほうが先に動いて、列についていく。遠くの沿線までわざわざやってきたから、本来の退勤時間から少し時間は経っているけれど、まだまだ電車は混んでいて、お互いの体が密着していても多分違和感はないはずだった。扉の前に立つ天海の後ろに立って、そうして後ろから何も言わない天海を見ていると、まるで自分のことを知らない他人みたいだなと思った。そうして電車がゆっくりと動き出す。織部はちらりと電車の中を見回してみた。皆それぞれに仕事終わりの生気のない顔をして、大体の人が手元のスマホを弄ってやや俯き加減になっている。これでは案外ばれないものなのかもしれない。
「天海さん、触るよ、なんかダメだったら教えて」
「・・・―――」
後ろから耳元でそう囁くと、天海は黙ったままで首をかくんと動かした。真っ白のうなじが少しだけ赤く染まっていて、もしかしたら天海も少し興奮しているのかもしれないと思う。いつもならそこにかぶりついても良かったけれど、流石に今日は場所が場所だと思って織部はぐっと我慢する。つり革を持っていない右手をそろそろと動かして、ほとんど密着している天海と自分の体の間に滑り込ませる。天海の履いているグレーのスラックスの上から、とりあえずお尻を撫でてみたけれど、天海は相変わらず澄ましたまま向こうを向いているし、そもそも織部は痴漢なんて勿論したことがなかったし、何が正解なのかよく分からない。
(なんかもうちょっと予備知識入れとくべきだった?)
(いや、痴漢の予備知識ってなんだよ・・・)
ふっと手が離れる。するとじっと窓の外を見ていた天海がゆっくり振り返って、織部を見上げると口をぱくぱくと動かした。
『もっと』
チリっと頭の中が焼ける。天海はそうやって織部に火をつける方法をいくつも知っているのだと思った。
(ほんとにアンタは、救いようがない・・・―――)
(いや救いようがないのは俺も一緒か)
俯いてくつくつと笑う織部のことをしばらく天海は見ていたけれど、そのまま何も言わずに窓の外に目を向ける。多分それが合図だった。その昔、この男の正体など何も知らないおっさんは、天海の体をどんな風に撫でまわしたりしたのだろう。そしてその後天海はトイレで、一体何を考えながら自己処理に耽っていたのだろう。考えるだけで頭がおかしくなる。
(それだけ俺はアンタに夢中なのに天海さん)
(アンタはいつまでたってもクールなまんまで俺の欲しいものは何もくれない)
体を寄せて無防備な耳を噛むと、天海の体はびくりと跳ねた。耳の穴の中まで舐め回してやりたかったけれど、ぱっと口を離す。そして手を前に回して、天海の股間を服の上から撫でた。
「あれ、天海さんちょっと勃ってんね」
「・・・っ」
「俺に触られるの想像して興奮しちゃった?相変わらずえろい体だな」
ぎゅっと力を入れて握ると、びくびくっと天海の体が震えて、急にバランス感覚を失った天海がよろけるのを後ろから支える。そういえばいつもセックスの時、そこを触られるのが天海はあまり好きではないみたいで、自分は織部のそれを旨そうにしゃぶる癖に、織部がフェラチオをするというと嫌そうな顔をするのが、織部には理解しがたい天海の常だった。
「いつもあんまり触らせてくれないけど、天海さんも男だね、やっぱ」
「・・・ぁっ」
「ちゃんとこっちで感じてんじゃん、きもちい?」
「・・・―――」
織部が耳元でぼそぼそと小声で呟くのに、短く声を上げた後、天海は着ているシャツの袖をぐっと噛んでその焦燥に耐えていた。天海が声を我慢することなんて、ふたりのセックスの間ではなかったから、その顔は見たことがないと思いながら、服の上から強くそこをこする。
「っ、ぁっ」
「強くされるとイっちゃいそう?イけないよね、天海さん」
「んっ」
「後ろに突っ込まれないとイけないもんな、天海さんは」
もう完全に天海のそれは勃ち上がっていたが、それぐらいの刺激では確かに本人が言うように、射精までは至らないのだろう。ぎゅっと目を瞑って快楽に耐える天海の顔をガラス越しに見ながら、少しだけ織部は笑うと、天海の張りつめている股間から手を放した。
「・・・ぁ」
「後ろ、触ってあげるよ、天海さん」
そして、天海のグレーのスラックスの後ろから手を突っ込む。
(痴漢って直接触ったりすんのかな、天海さん、どこまで何されてたんだろう)
体を密着させたまま、尻の割れ目に指を這わせる。天海はまた唾液でべたべたの袖をぐっと噛んだ。それを見ながら、まだ制止をかけられないということはこのまま進めてもいいのだと思ったけれど、天海は性欲の前ではいつもの冷静な判断はどこへやら、織部も引いてしまうようなことでも平気でしたりするので、引き際は寧ろこっちのほうが判断しなければいけないことも、織部は何となく分かっていたけれど、その時は知らないふりをした。多分、天海だけではなくて自分も興奮している。考えながら、後ろ孔に指を引っかけた。ぐっとそれを内側に向かって押し進めようとすると、びくびくっと天海の体が震えた。
「ひくついてるよ、ここ」
「・・・っ、ぁっ」
「中ぐずぐずじゃん、期待してた?」
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