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誰でもロンリー Ⅲ

都市伝説の男の背中に向かって、自分は何を語っているんだろうと思ったけれど、土岐田にはなぜか、その時天海がひどく危なっかしく思えたし、こういう話がしたかったから、ここまでついてきたのではないだろうかとも思っていた。勿論セックスをするためなんかではなく。天海は少しだけ俯いた格好で、ベッドの端に腰かけたまま、しばらく動かなかった。自分のそういう考え方を、こういう界隈の人たちはたぶん半分くらいはよく思わなくて、重たいなんて言われることもあるけれど、それでも土岐田は信じていたかった。ヘテロがするような恋愛を、自分も本当はしてみたかったし、それができないとも思っていなかった。 「お前ってさ、風俗嬢とかに説教するタイプ?」 「・・・え、ふうぞくじょう・・?」 はぁと天海が溜め息を吐いて、立ち上がった。部屋は暗くて、天海の美しい顔の半分は闇に溶けている。それを見ながら、土岐田はさっきからずっと、いやバーで声をかけられてからずっと、天海の表情が変わっていないことにそこではじめて気が付いた。天海の顔はそれはそれは美しかったけれど、こんな風に表情がない人間の顔は初めて見て、土岐田はそれをどうすればいいのか分からなかった。 「やめとけよ。風俗でモテないとか最悪だぞ」 「・・・ウミちゃん風俗とか行くの・・・」 「いや、俺は行ったことないけど。金なんか払わなくてもセックスしてくれるやつはいるし」 言いながら、いつの間にか脱いでいたジャケットに天海が腕を通した時に、ぼんやりとそれを見ながら、土岐田は天海がもう帰ろうとしているのだと思った。もうここには用はないし、ここでうずくまって俯くしかない土岐田にも、彼は用はないのだ、たぶん。 「・・・帰っちゃうの、お金払ったんだし、と、泊っていけば?」 「はぁ?俺に何にもしない男と同衾しろっていうのか」 「・・・すみません・・・」 眉間に皺を寄せて天海がそう言い捨てるのに、土岐田は何も言い返すことができなくて俯くしかなかった。天海はそれを見ながら、短くなったタバコを灰皿に向かって放った。エレベーターで密着したときに天海から僅かに香った甘い匂いが、そこから立ち上っている。 「また仕切り直しか」 「・・・戻るの、あそこに」 「しょうがないだろ、お前使い物にならないんだろ」 「ひとをEDみたいに言うのはやめてください・・・」 天海が出ていく背中に、なんとなくひとりになりたくなくて、土岐田もついて外に出た。天海がここにもう用がないみたいに、土岐田ははじめからこんなところには用はなかった。天海はまた『aqua』に戻ると言うが、自分はもう帰ろうかなと外の冷たい風に、今度こそ頭の中の温度を下げられながら土岐田は思った。天海はホテルを出ると、そのまま『aqua』のある方向に迷いなく足を進めた。その迷いのない姿勢に、自分はここまでついてきたのだと、その背中を見ながら土岐田は思った。 「ねぇ!」 まだホテルの前に立っている土岐田から、みるみるうちに遠ざかってしまう天海の背中に、土岐田はそう叫ぶように声をかけた。背中は止まって、それからゆっくりと、まるでもったいをつけるみたいにして振り返った。夜に溶かされていた天海の顔は、やっぱり無表情だったけれど、その表面に外の人工的なライトが当たって、天海の質量を確かなものにしている。それを見て、土岐田は少しだけほっとした。この男は都市伝説なんかではなくて、ここでこうして息づいている。それだけは確かだった。 「また会ってくれる、ウミちゃん」 「・・・なんで」 「俺とは寝てないんだから、いいでしょ。また会ってよ、お酒飲んで、何か話そう」 天海は唇を割ってから、少しだけ逡巡するようにそれを閉じた。そして土岐田のそれには答えないで、そのままくるりと背を向けて今度こそ『aqua』に向かって歩いて行った。その歩みを止めることは、自分にはできないのだと、その背中を見ながら土岐田は思っていた。 「アンタ誰?天海さんのなんなの?」 それから暫くして、そう言って自分を睨みつける男の後ろで、天海はらしくない動揺した表情をしていた。そんな顔もできるのだなぁと、ぼんやり思いながら土岐田はそこで天海のことを見ていた。あの時暗がりに溶けていた無表情は、誰にも脅かされないからそんなに美しくあるのだと思っていたけれど、それはどうやら間違いだったらしい。毎回違う男を簡単に引き入れてしまえるくせに、絶対に自分の領域を侵略させない強い『ウミちゃん』はそこにはいなかった。土岐田は唇を舐めて湿らせて、動揺する天海を見ていた。あんなに強い『ウミちゃん』でも、いつかその牙城は崩れると思っていたし、信じていた。 「答えろよ、無視すんな」 それが『ウミちゃん』がバーで簡単に出会える男ではなくて、『ウミちゃん』との遊び方も、男のセックスも、知っている男ではなくて、こんな風に単純なことで、目を吊り上げて簡単に怒ってくれるかわいい年下だなんて、一体誰が想像しただろう。 (ウミちゃん、どうするの、この子本気じゃん) いつかその遊びは終わるし、都市伝説の男は本当に伝説になって消えてしまう。土岐田はそれをなぜか確信的に信じていたし、こんな日がいつか来ることは分かっていた。だけど男の後ろで動揺して何もできない天海はそれが分かっていなかったのだと思った。 (馬鹿だなぁ・・・) 『ウミちゃん』はこの男と恋に落ちるのだろうか。 fin.

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