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第2話「歯牙」——王史郎視点——

 春のうららかな天気が陽気な気候を思わせる。しかし、玄関ドアを開けてみれば、存外暖かくない冷たい風が頬を刺した。 「王史郎! 今日の入学式俺行けないから、その分ちゃんと母さんたちにカメラに収めるよう頼んであるからな! 席が分かったら母さんたちに知らせといてくれよ!!」 「ちょ、兄貴そんなの頼むなよ」  後ろの家からスポーツウェア姿の海斗が、王史郎の高校初日を恥ずかしい思い出へと塗り替えられていく。過保護である王史郎の兄貴は、自分の出勤時間を過ぎても新たな門出に立ち合いたいのか、王史郎を見送るまで頑として家から出ない。  だから、仕事着であるウェアを既に着ていたのだと悟ると、さらに羞恥心が倍増する。  今日から高校生というわけだが、それ以前より見た目のチャラいアラサーの海斗が、事あるごとに王史郎の勇姿を見るべく、保護者席に堂々と居座ってきたのだ。  王史郎から見ても、ソれは「ブラコン」だった。  だが、最近王史郎は思う。「兄貴……」。 「ん? どうした。やっぱ緊張するか」 「いや……俺、兄貴の弟だよな」 「う、うん」  王史郎の予想を超えて歯切れが悪くなったが、気に留めず続けた。「なんか、こんだけ甲斐甲斐しくしてくれてんのに、俺の方が兄貴だって間違われること増えたよな」。  「なんか、ごめんな。俺の方が背が高くて」とトドメを刺す王史郎は容赦がない。  身長の類を話の腰を折ってまで持ち出したことに、海斗のこめかみに若干の筋が通り出す。 「王史郎ー?」  口角をひくつかせて、沸点がすこんと下がっているのが窺える。  「よしよし、兄貴もそこまで低いわけじゃないのに、俺が180なんて超えちゃったばかりに……」と王史郎はあくまで無愛想にいう。 「王史郎?」  男らしい青筋が額からこめかみまで連なる。 「今日が仕事で救われたな、兄貴」 「王史郎!」 「じゃ、行ってきます」  平然とした顔で海斗に背を向け登校する王史郎は、これが常であり、表情筋の使い方をあまり多くは知らない。だが、兄貴に可愛がってもらっているという自覚もある。  だから、無感情というわけではなかった。  入学式が始まってからは、眠気との戦いであった。大人たちの耳が痛い話をつらつらと読み上げられると、こちら生徒は子守唄に変換されて眠気を誘われる。  王史郎は180を越えた体格を揺らしながら、それに耐えていた。  同じ中学から進学した友人はおらず、退屈しのぎをする相手すらいないので、当然、睡魔には負け越してしまう。  「それでは、新入生挨拶に移ります。新入生代表——庵野空」ハゲ散らかした教頭が端の方で進行を努める。  無論、王史郎はうたた寝をしていて、登壇する男のことは視界に入っていない。しかし、妙にざわつく周りに異変を察知し、目を開ける。  「——俺は、この高校生活で勉強を頑張ることより、その人の本質を見れるようになりたい」壇上では華奢で真面目そうなメガネ男子が芯のある眼差しで話していた。  その一言で再度一体を静まらせた彼は、なぜ一度周りをざわつかせたのか、見ていない王史郎にはどれだけ考えても解けない謎だった。 (すげぇ大人な奴もいるんだな)

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