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第4話「歯牙2」——空視点——

 もとよりない体力から全速力で、空は校内を走る。廊下を脱兎のごとく駆ける空を咎める者はおらず、独走状態である。  間もなくして、本鈴と思しきチャイムが鳴り始めた。  「っし! 間に合うッ」既に見据えていたゴールと現在地を逆算して、勝機を悟った。 「登校二日目にして遅刻とか有り得ねぇだろ」  恐らくチャイムは最後の一小節だった。  間一髪でドアを開け、遅刻から免れたかに思われた。  だが、安堵感に浸るより先に、教室の方が走ってきた廊下以上に温度が低い。それが多くの冷たい視線のせいだと分かるのにそう時間はかからず、ドアを開けてすぐに空席があるところに着席した。 (そりゃそうか。ド金髪頭がテストだけ受けに来たんだもんな)  肩で息をする金髪頭の空は、「っス」とだけ挨拶する。 「はい、庵野お久しぶりだな」  担任が教室の中で一番最初に驚きから抜け出したらしい。 「残念ながら、俺が先にここにいるから、遅刻扱いだ」 「っち」 「おうおう、不登校だからどんな奴かと思えばただの不良だったか」 「……」 「テストは受けられるが、今年の出席は既にリーチだ。進級するまで一日でも休めば、留年決定だからなー」  さらに、「金髪にして背伸びする前に、朝起きて学校来れるように早く寝たらどうだー。そしたら、背伸びしなくても身長は伸びるだろうし、金髪にしなくたって、みんなお前に気付いてくれると思うぞ」と鼻につく言い方をする担任から、空にとって衝撃的な事実を知らされた。 (げぇ……貯金残しとくんだった……)  内心では担任の嫌味など露ほども聞き入れないまま、出鼻を挫かれ窮鼠のように残りの必要出席日数を数えた。  ここまでの流れで、クラスメイトとの間に確かな溝を掘った自覚のある空は、HRが終わるとすぐに教室を出た。  初めての校内にもかかわらず、教室を出た後の目的地に迷いがない。階段の位置や目的地までの最速ルートまで網羅していた。 「やっぱ、シケるなら屋上だよなー」  「つっても、現実は屋上なんて立ち入れるもんじゃないから——」ドアノブに踵落としを決めて、施錠されたドアノブごと破壊した。 「スラックスの下に鉄板があるだけ大分衝撃は抑えられたな」  スラックスをたくし上げて、上履きから生えるように刺さる鉄板を取り出した。若干の青あざこそあるが、この程度で済んでいるので良しとする。  「器物損壊の弁償は流歌に任せて、俺は早速、屋上で美味しい美味しい煙を吸お」窮鼠は猫に追われることも厭わず、壊したドアを軽く押した。  それからは、毎時間ここへきて、息の詰まる教室から距離をとった。試験が終わってもそれは変わらない。  職員室や各教室の窓から死角になる隅で腰を下ろし、八ミリの煙草を咥える。火をつけて、紙が一瞬で燃える音がした。  深く、ゆっくり吸って、数秒間肺に留めてから薄い煙を吐き出す。今日はテスト返しが一段落して、全教科において赤点を回避したことも合間ってか、一回一回を味わっている気がした。  「ぅわ、一気に来たな」ポケット灰皿に煙草を潰し入れると、強い眠気に似た鈍重感に呆然とする。  これが俗に言う「ヤニクラ」なのだろう。 「……いた」  空の目の前で見下ろす男が、「ドア壊した?」と躊躇なく聞いてくる。

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