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第5話【ラフェルの両親】

「そうか。セリファは学校で剣術も習っていたんだな」 「はい、体を動かすのは好き・・です。勉強は、苦手だけ・・・ですけど」 温かな昼下がり。 セリファは今日初めて会ったラフェルの父マクベスと二人で庭を散歩していた。 喋り慣れない敬語を使うセリファの言葉は非常に辿々しいが、マクベスは気にする様子もなく穏やかに接してくれる。 セリファは会って間もないマクベスに好感を抱いた。 自分の父親とはまた別の温かみがある人だと思った。 「突然こんな所に連れて来られて不便な思いをしてないか?同意の上と聞いてはいるが、君の生活していた場所とここは何もかも違うだろう。嫌な事があったら直ぐにラフェルに言いなさい。ラフェルに言いづらい事ならば私に相談してくれても構わない」 「いえ。ご主人様にはとても良くして頂いてる・・ます。むしろ、本当にこんなに良くしてもらっていいのか悩んでるくらいで・・・」 当初どんな辛い仕事も受ける覚悟でここに来たセリファは以前の生活よりも遥かに質の良い自分の生活環境に疑問を抱いている。 朝から栄養満点の食事を与えられ綺麗な服を着せられセリファ専用の教師達から学問や貴族の勉強を教えて貰い、それが終われば剣の鍛錬や乗馬などセリファが好きな事をさせてくれる。 セリファはこの頃やっと、自分は使用人ではなく"客人"に近い存在なのだと理解した。何故なら使用人がセリファの面倒をみてくれるからである。 「ああ。どうも君は最近まで勘違いしていたみたいだな?【シルビー】がなんなのか知らなかったんだろう?まぁ仕方のない事だ。そもそも自分が【シルビー】だと気づく人間はそうそういない。今回の様に大神官が許可して引き合わせるか、もしくは奇跡的にお互いが出会わなければな」 【シルビー】と呼ばれる者がそんな大それた存在だなんてセリファは知らなかった。 しかし改めて説明され、彼はやっと自分が本来ならあり得ない待遇でラフェルに引き取られていた事を理解し始めていた。 「俺・・・大した事してないのに。本当に、このままでいいのか・・・でしょうか」 「君はここに来て間もないからな、まだわからない事も多い。大変になるのはきっとこれからだろう」 それが怖い。 セリファは、この待遇の見返りに自分がしなければらない事がなんであるのか、聞くのが怖くなっている。 タダより怖い物はない。 両親の教えの一つである。 「君にしかラフェルの身体を癒せない。だが、その為にセリファが我慢する必要はない。無理矢理行う魔力交差にお互いを癒す力はないからだ」 「本当に、俺魔力を交換するだけでいいの・・んでしょうか?毎回手を繋ぐだけなんだけど・・・」 言葉尻が小さくなるセリファの頭をマクベスが撫でる。それに驚いてセリファは身体の大きいマクベスを見上げた。その先に何故が口元を手で押さえ、笑うのを堪えているマクベスがいた。 セリファは訳が分からず首を傾げた。 「あ〜〜〜成る程・・・少し、安心したぞ。どうも私の気が早過ぎた様だ。今の話はしばらくの間忘れて構わない」 「・・・・・・え?なんで?・・・ですか?」 疑問符が乱舞するセリファの問いには応えずにマクベスはまたゆっくりと歩き出した。 セリファもそれ以上食い下がることはせずに彼のあとをついて行く。 「とにかく、君はもっと【シルビー】について学んだ方がいいだろう。剣が好きだと言っていたが魔力も強いから基礎知識は学んで来ているんだろ?」 当然の様に尋ねられてセリファは困り果て眉を下げた。マクベスが首を傾げるとセリファはとても言いづらそうに説明し始めた。 「・・・あの、俺・・・まだ魔法専科が取れる年齢に達していなくて・・・やっぱり、それって問題なのか・・・なんでしょうか?」 少し前を歩いていたマクベスの足がピタリと止まり、驚愕の表情のまま前方を見据え固まった。その表情は、後方にいたセリファには見えなかったが口元が明らかに引きつっている。 「え!?わっ!!」 背後にいたセリファは突然止まったマクベスの大きな背中にぶつかり、その弾みで鼻を強く打った。 セリファはその痛みに、思わず鼻を押さえて目を閉じた。立派な筋肉がついているマクベスの背中は、思いの外固かった。 「す、すみま、せん。急だったので止まれなか・・・」 「君のご両親は?一体どうなっている?」 マクベスの訝し気な様子にセリファは不安になった。 確かラフェルもセリファが成人していないと知って驚いていた。何か問題があるのかも知れない。 しかし、だからといって追い返されるのは困る。 今更家族に送ったお金を返せと言われてもセリファには当てがないのだ。 「・・・・・・ぁ、の。りょ、両親、は」 明らかに怯えを含んだセリファの表情にマクベスは直ぐに笑顔に戻り、また彼の頭を撫でた。そんなマクベスの様子にセリファは少しだけ安堵する。 「違うんだ。もしかしたら、無理矢理連れて来られたのかと・・・本来なら、未熟な子供に【シルビー】の役割をさせたりしない筈なのだが。だが、君のその様子だと事情があるんだな?」 拒絶されたのではないと知ってセリファは体の力を抜いた。そして自分がここに連れて来られた経緯を説明するとマクベスは優しい笑顔でセリファの背中を叩いてくれた。 「そうか家族を守る為に。その歳で君は立派だな」 「そんな事は。まだなんの役にも立ててなくて」 穏やかな空気を放つ二人を禍々しいオーラを放ったラフェルが見ている。 マクベスはちゃんと気付いている。 最初から分かっている。 セリファが姿を見せてからずっと、ラフェルの視線はセリファを追いかけている。 マクベスは密かにニヤリと笑った。 「マクベスは相変わらず人たらしねぇ?まぁ女の子じゃなかったのは大変残念だったけれど、ラフェルが気に入ったのならお節介した甲斐があったわ」 「・・・あまりに距離が近過ぎでは?父様は誰かれ構わず馴れ馴れしく接し過ぎる所がある。あれではセリファを困らせてしまう」 「え?そうなの?嬉しそうに笑っているけれども?」 こちらも笑顔の二人であるが、よく見るとラフェルのこめかみには太い血管が浮き出ている。 感情が抑えられずジワジワと彼の魔力が溢れ出ている事に気付いたマリアンヌは微笑みながら遠回しに息子を揶揄っている自分の夫に溜息を吐いた。 (マクベス、程々になさい。これ以上は冗談では済まされないわよ) 二人はこの日、自分の息子が間違いなく彼だけの【シルビー】を手に入れた事をしっかり確認し満足気に帰っていった。 そして、ラフェルのご機嫌は、その日1日とても悪かったそうだ。

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