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第10話【落ち込むセリファ】
(失敗した・・・)
あの日。
一人残されたセリファはノロノロとベッドから降りると言われた通り浴室に向かい身体を洗い流した。
そして、起こった出来事が何度も甦りセリファを後悔の渦に巻き込んだ。
(多分キスは魔力交差を多くする手段だったんだ。なのに、俺が嫌がる素振りをみせたから・・・)
ラフェルもマクベスもセリファが成人していないと知った時、困惑した様子をみせていた。
セリファ自身は自分がそこまで幼いと思った事はなかったし、後数ヶ月で17歳の成人を迎えるので、気にしていなかったが彼等が戸惑う理由に最近なんとなく気が付き始めていた。
そしてラフェルがセリファを気遣い、我慢している事をこの時やっと知ったのだ。
(ラフェル様・・・怒ってはなかったけど、なんだか変だった。俺、ただでさえ大して役に立ってないのに。別にキスぐらいいいじゃないか。これは、俺に与えられた役目なんだから・・・)
そこまで考えてセリファは何故か嫌な気持ちになった。
彼は家族を救う為、奴隷にされるのを覚悟でラフェルの下へやって来た。しかし現状はまるで貴族の子供の様な待遇を受けている。そしてなによりラフェルがとんでもなく優しい。それなのにこんな事で不満を抱くのは間違っていると思う。
(俺の、役目・・・)
確かにセリファはここに来たくて来たわけではない。
あくまで家族の為。それをこの屋敷の者達はちゃんと理解しているのだろう。皆が口を揃えてセリファが嫌な事はしなくていいと言う。
けれど、セリファは自分にここまでしてくれるラフェルに恩を返したい。その為であればキスぐらいどうという事はない筈だった。
「・・・しごと」
その言葉を彼は無意識に呟いた。
魔力交差はセリファがラフェルに与えられる唯一であり、これはセリファの仕事だと捉える事も出来る。
しかしそう考えた途端、胸に重りを乗せられたような複雑な気分になった。
(ラフェル様が俺に触れるのは、魔力交差の為。そんなの、最初から分かってる)
自分の頭を優しく撫で微笑むラフェルの表情が頭を過ぎりセリファは激しく首を振った。
(次はちゃんとやろう。次の魔力交差の時は絶対失敗しない)
自分でもよく分からない気持ちを処理出来ないまま、セリファは決意した。しかしその決意虚しく、それから暫くは彼がラフェルに呼ばれる事はなくなった。
「・・・あの。ラフェル様は、まだ帰って来ない?」
あの出来事から1ヶ月。
セリファはあれから一度もラフェルに呼ばれていない。
「セリファさん。ええ、ラフェル様は最近必要以上に仕事を抱え込んでらっしゃる様で。今日は王宮に泊まりだそうです」
最近ラフェルは食事の席にも姿をみせない。
あの出来事があってから明らかに避けられている。
最初は偶然かと思っていたセリファも流石に気付いた。セリファもそこまで馬鹿ではない。
気落ちしたセリファに気付いたのか執事のジルベールは困った様子でセリファの肩に手を置いた。
「どうかお気になさらないように。一見落ち着いた大人に見えますが、主人は以外と子供っぽい一面を持ってらっしゃる。恥ずかしくて、まだセリファさんとまともに顔を合わせられないのでしょう」
「え?子供?恥ずかしい?」
余りにラフェルに当てはまらない。
セリファが思わず聞き返すとジルベールは少し意地悪そうな顔で口の端を上げて笑っていた。
初めて見たジルベールの一面にセリファは少し驚いた。ラフェルと兄弟の様に育ったというのは本当らしい。
「そんなに心配しなくても大丈夫です。きっと冷静になって考えたい事があるのでしょう。また時間が空けば元に戻りますから」
ジルベールの慰めの言葉を聞きながら、しかしセリファは納得出来なかった。実際ここに来てこれほど長くラフェルと会えないのは初めてだ。
もちろんラフェルが心配な気持ちはあるが、それよりもセリファは優先させたいものがあった。
「俺が王宮まで会いに行ったら・・・ラフェル様に怒られるかな」
「え!?いえ貴方はラフェル様の【シルビー】ですから王宮に入る事は出来ますが・・・」
「俺、ちゃんとラフェル様の顔が見たいんだけど。だってここ1ヶ月すれ違うだけでまともに話も出来てない。これじゃあ俺がここに居る意味がない」
そう口にしながら本心は少し違った。
もう、1ヶ月もセリファはラフェルに触れていない。
(・・・会いたい)
どうしてそう思うのかセリファには分からない。
ただ、触れられる事がなくなって分かった事はある。
(会って、ラフェル様に触れたい・・・)
セリファはラフェルに触られるのも触るのも好きだという事。気遣う様に触れるラフェルをもどかしく感じていた事。
セリファの熱く張り詰めた場所に触れラフェルもそれを求めたあの日、セリファはとても安堵した。
"この人も、俺と同じ"
触れられて変な気分になっているのはセリファだけじゃない。気持ちよくなるのは悪い事ではないと。
それがセリファの役目なのだと思った。
だから彼は狼狽えた。
"セリファ・・・キスして"
まるで愛しい恋人に懇願するような熱い瞳で見下ろされ囁かれたあの言葉にセリファは勘違いしそうになったのだ。
ラフェルが自分を本当に好きなのかもしれないと。
だがそれとは別にセリファは重要な問題を見落としていた。
(次は失敗しない。俺が嫌がってるって勘違いさせたみたいだから、その誤解だけは解きたい)
ラフェルではなくセリファ本人の気持ちである。
今すぐ会いたいと思うその気持ちが一体何処からやって来るものなのか。彼はまだ、その問題に気づく事が出来ないでいた。
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