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第17話【シルビーは勘違いしたくない】

「セリファ、少しでいい。部屋から出て顔を見せてくれないか?」 「・・・ごめん、まだ一人でいたい」 このやり取りも数回目である。 部屋から遠ざかるラフェルの足音を確認してセリファはため息をついた。 セリファが部屋に閉じこもってから二日が経とうとしている。このままではいけないと彼も分かってはいた。 食事の時間になっても部屋から出てこないセリファを屋敷の者達がとても心配しているのだ。 それでもセリファは一人で考えたい事があった。 (やっと胸のモヤモヤの正体が分かった。俺、可哀想だと思われてた事が気に入らなかったんだな) この屋敷の人達は皆セリファに優しかった。 使用人達は勿論、ラフェルもラフェルの両親も平民のセリファにとても良くしてくれる。 それが【シルビー】だからだとしてもセリファは気にしなかった。これ程の待遇を受けているのに不満を抱くなどあってはならないとセリファは思っていた。 自分の家族を助けて貰った恩人のラフェルに与えられた恩を一生かけて返す。セリファがラフェルの側にいる理由はそれで十分それ以上をラフェルに求めてはいけないと思う。 セリファが暮らしていたのは、この町よりもずっと貧しい地域である。セリファの家は貧しい中でも小料理屋を営んでいたが家族が多かった為、生活はかなり苦しかった。家族8人狭い家でなんとか食い繋いで来たが父親が倒れた事でギリギリ保てていた生活があっという間に立ち行かなくなった。 兄弟の中で一番上であるセリファは一度も子供扱いされた事はなかった。彼は元々働きながら学舎に通っていたが皆どの家の子供も同じであったし、そんな自分を不幸だと思った事はなかった。 それなのにセリファはここに来てからずっと無力な子供扱いされている。それも、セリファは納得できなかった。 頭ではその理由がセリファが【シルビー】だからだと分かっている。唯一ラフェルの暴走する魔力を完全に抑える事が出来る【シルビー】だからこそ大事に扱われている事を。 "私の恋人になって欲しい" セリファはラフェルの言葉を思い出し目を閉じた。 (・・・やっぱり分かんないな。恋ってどういう感情の事を言うんだ?) ラフェルの事が好きかと聞かれれば好きだと言える。 彼は最初に会った時からずっとセリファの意思を尊重してくれたが、彼が紳士だから好感を持ったのではないとセリファは思う。 セリファは、ラフェルの笑った顔が好きだ。 ラフェルはセリファから触れると、とても嬉しそうに笑う。初めてその笑顔を見た時、こんな事で笑ってくれるならもっと自分から触れようと思えた。 ラフェルが喜んでくれる事が、なによりも嬉しい。 だからこそセリファの為にラフェルが我慢したり妥協するという事がセリファは許せなかった。 (今のままじゃ駄目なのか・・・) ラフェルが心配している事がなんであるか、セリファにもなんとなく検討はついている。彼もここに来てから【シルビー】に関して色々勉強している。 その中に男同士の性交渉の内容も含まれていた。 「・・・つまり。したいって、事だよな・・・?」 そう呟いたセリファは一人真っ赤になった。 身体中の熱が一気に顔に集まって行く。 正直なところ実はセリファも今行っている行為のその先に、とても興味があった。 だがしかし! (・・・ラフェル様だって俺に恋心なんて持ってないだろうし・・・俺だってラフェル様と恋人になりたい訳じゃ、ないと思うし、恋人になったらおかしい気がする。でも確かにラフェル様に奥様が出来たら俺、邪魔だ。ラフェル様、貴族だからやっぱり誰かを娶らないといけないのか) ラフェルの言う通り、自分の夫が自分以外の誰かと淫らな行為を行うなど許せるわけがない。そして相手が同性の男だったら尚の事、気分を害するのではないだろうか。 そこまで思い至ってセリファは自分の胸元を強く握りしめた。ラフェルの事を考えると先程からチクチクと胸が痛む。 セリファは深く息を吐くと、ここ二日碌に体を動かしていない所為で重くなった体を起こし、部屋のドアの鍵を開けた。 「・・・やっぱり働いてお金返そう・・・」 そもそもラフェルとセリファは最初から対等な立場ではなかった。 本来魔力を補い合う二人は対等な立場でお互い一緒にいる事に同意するものだと聞いている。しかし、当の本人達の関係は現在ラフェルが一方的にセリファを養っている。 悪い言い方をすればセリファは金で買われたラフェルの愛玩動物の様なものだ。そんな立場で胸を張ってラフェルの隣に立つ事は出来ないとセリファは思う。 そんな考えを巡らせながら部屋のドアを開けた瞬間、その声はセリファに降って来た。 「どうして急に?私がセリファの実家に与えた援助は君がここに居る為に与えたものだ。返す必要はない」 鬱々とひとり考えに浸っていたセリファは、自分の考え事が口から出ていた事に気付かず、ドアを開ければ心配しているラフェルがいる可能性がある事さえもすっかり頭から抜け落ちていた。 突然目の前から聞いた事もない冷たい声をかけられ、ドアを開けた体勢のまま固まったセリファは自分を見下ろすラフェルの金色に変化した瞳を見て口をパクパクさせた。 「それとも、全てをなかった事にしたいとでも?」 初めて自分に向けられたラフェルの怒気にセリファは驚きで一言も言葉を返せなかった。 「君は私の【シルビー】だ。君が拒否するのであれば魔力交差を無理強いしたりはしない。だが、私の側を離れる事だけは認められない」 しかし、言葉を返せなかったのはラフェルが怖かったからではない。 (・・・そんな、に?) セリファの心臓が経験もないほどの速度で鼓動を早めている。セリファの意思とは裏腹にドアノブを持つ手は震え、体の熱が一気に天辺まで上り頭が沸騰した様に熱くなった。 「・・・セリファ?」 「・・・ずるい・・・」 その時湧き上がって来た感情は、ラフェルへの不満だった。 本来であれば絶対に浮かばないであろう彼への不満。 「そうやって勘違いする様な態度とるなよ!どうしたらいいのか分からなくなる!!」 その現場を目撃した使用人曰く、その時のラフェルの表情は実に形容し難いものであったと他の屋敷の者達は聞かされたのであった。

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