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第18話【お金を返したい理由】
「よう、セリファ。今日も早いなぁ?」
「ルミィール今日も宜しく」
セリファは閉じこもっていた部屋から出た後、ラフェルの提案で彼の知り合いの仕事を紹介された。
実際には、その提案を執事のジルベールから聞かされた。セリファはあれから再びラフェルと顔を合わせない日々を送っている。
「なんだよ。お前らまだ喧嘩してんの?ラフェルにしては珍しいなぁ?アイツ仕事以外では割と寛容な奴なのに」
「だから喧嘩じゃない。意見の相違というか・・・」
セリファは教えられた手順通り作業を行いながら深い溜息を吐いた。
あと数日すればセリファはこの国での成人を迎える。
そうなればラフェルと今までのような関係でいられなくなる可能性がある。
セリファはあれからずっと何故自分がラフェルにあんな言葉をかけてしまったのか考えていた。
「ふーん?まぁ僕としては別にどっちでもいいけどね?セリファが手伝ってくれて、とても助かってるから」
自分よりも背が低く前髪が長くて顔の表情が読めないルミィールは、一見子供の様に見えるがセリファより一つ歳上の17歳の青年である。
歳は近いが彼はこの歳で自分の店を持ち顧客を多く抱えている腕利きの調香 という特殊な仕事を生業としている。
簡単に言えば香水を作る仕事なのだが、実は普通の香水ではない。その為それを保存する容器に特殊な仕掛けを施さなければならないのだが、その作業に魔力が必要であり、セリファはその仕事を任されている。
「俺の方こそ仕事をもらえて助かってる」
「そういやさ、なんで働く必要があんの?ラフェル金持ちだろ?あんたラフェルの【シルビー】なんだし養って貰うのは当然の権利だろ?」
揶揄い口調で言われセリファは若干不貞腐れた。
歳が近く気安い性格のルミィール相手だとセリファも以前の様な年相応の態度を自然と表に出すことが出来る。
「俺も最初の頃はそう思ってたけど・・・それじゃあ対等な立場になれないから」
「対等?何言ってんだよ。向こうはお前に逆らえないんだから好きにすりゃいいじゃん?お前の事が必要なのはラフェルであってセリファは違う。ラフェルの都合でセリファは連れてこられたんだから我儘言ってやればいいんだよ」
「でも、それは俺の家の事情で俺が望んだからだ。無理矢理連れて来られた訳じゃない。助けて貰って我儘なんて言えないだろ?」
言い募るセリファにそれでもルミィールは不思議そうに首を傾げた。どうやら【シルビー】に関してはセリファの考えは的外れだった様である。
「あのなぁ?そもそもラフェルと魔力交差するって事自体が大変な事なんだよ。本来なら一生遊んで暮らせる金を貰ってもおかしくない程度には重要な役目なんだぞ?」
「・・・え?」
そんな話セリファは初めて聞かされた。
自分がしている事がそこまで重要な役割を持つなんて思っていなかった。あれだけ説明されても、いまいちその重要さが伝わっていなかったのである。
「じゃなきゃ神官がわざわざお前を迎えに行ったりしねぇよ。それでも協力するかしないかの選択は【シルビー】側にある。なんでだと思う?」
「・・・無理矢理魔力交差しようとしても効果が得られないから?」
「その通り!だから皆【シルビー】を大切に扱う。逃げられたら困るからな」
"逃げられたら困る"その言葉にセリファの胸がチクリと痛んだ。心当たりがあり過ぎて否定出来ない。
「ラフェル様も、そうなんだろうな・・・」
「だな?まぁでもラフェルがあんたの事可愛がってるのは間違いないけどな」
「・・・なっ!?か、かわっ・・・」
ルミィールの遠慮のない物言いにセリファは真っ赤になった。素直にその言葉を喜べるほどセリファは幼くはない。しかし、やはりそれも否定出来なかった。
「で?援助してもらった金を返してラフェルと対等な立場になったらセリファはどうすんの?あの屋敷から出て行くのか?」
「出ていく?いや、俺はラフェル様の側にいるつもり」
「・・・ごめん。ちょっと意味が分からない。なら別に金返さなくてもよくないか?そのまま養ってもらえよ」
確かにそうなのだが、セリファは何故か納得出来なかった。それでは嫌なのだ。
「ラフェル様に恋人になろうって言われたんだ」
「・・・うぇ!?ラフェルに?あ〜・・・で、セリファは断ったと?」
なんとなく察したルミィールが気まずそうに頭を掻いた。大量の魔力交差は体液の交換が必須である。
必然的にそういう行為が必要になるが、結局はそれが厄介なのだ。
「多分、俺の為に言ったんだと思う。でも、ラフェル様も俺も恋愛感情はないから、おかしいって言ったんだ」
恐らくラフェルはセリファが成人したら今以上を求めて来るだろう。ラフェルはその後のセリファの事を心配をしている。
「ふぅん?それでなんで対等な立場に拘るんだ?好きじゃないから付き合わない、肉体関係はもたないでいいんじゃね?」
その通りである。
何度も言われているがセリファにはちゃんと拒否権がある。嫌なら無理してラフェルと身体をつなげる必要はない。正直キスするだけでも問題はない。
セリファは沈黙すると眉を顰め手元の瓶を見たままなにやら考え込んだ。
この辺りでルミィールは状況が掴めて来た。
(あ〜・・・つまり、恋人になるならちゃんと恋愛感情を抱いて欲しいってこと?贅沢な悩みだなそりゃ)
本人よりも先にセリファの心情を察した調香師のミティールは苦笑いした。
始まりが始まりなだけに、ややこしい二人である。
ルミィールは変なところで詰めが甘いラフェルに呆れながらも誠実なラフェルらしいと溜息を吐いたのだった。
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