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第22話【セリファのプライド】
次にセリファが意識を覚醒させたのは見慣れたラフェルの寝室だった。ぼんやりと天井を眺めながらいつの間に自分は運ばれたのだろうと考える。
「私の寝室だよ。大丈夫、魔力に当てられて少し意識を手放しただけだから」
その声音にセリファの心臓がビクンッと跳ね上がった。聞きなれたはずのラフェルの声なのに、耳元で囁かれた彼の声は聞いた事もない濃度と熱をはらんでいる。セリファは恐る恐る声のする方へ首を回し、絶句した。
(ーーーーーーッ!?は、裸!?え?なんで!?)
やっと意識が覚醒したセリファは、身体を起こすと初めて見るラフェルの鍛えられた肢体から目を逸らし慌てて自分の身体に視線を落として真っ赤になった。
なんとラフェルだけでなく、彼自身も生まれたままの姿である。あるのは肌触りの良いベッドのシーツ一枚のみ。
セリファは、大混乱に陥った。
(嘘だろ?俺何も覚えてない・・・まさか、魔力交差の弊害が出て記憶が飛んだ!?)
「セリファ、どうした?そんなに身体がキツかったのか?」
心配そうに覗き込んでくるラフェルにセリファの顔色は益々悪くなった。そんな、まさかと考えながら、この日を覚悟して迎えたセリファは打ちのめされそうになった。
「お、俺・・・なんで裸に?もしかして、ラフェル様と最後までした?」
半泣きになりながらラフェルを見上げればラフェルは驚いた顔でセリファを見返していた。その顔に、セリファは更に落ち込んだ。
「ごめん俺、寝室に来てからの記憶が、ない・・・」
「あ、ああ。庭で意識を失ったセリファを私が運んだから。服は汚れていたので私が脱がせたんだ。だからここでは何もしていないよ」
落ち込んでいるセリファの頭をラフェルの手が優しく撫でてくれる。勘違いだった事に気付いたセリファは安堵し、やっとラフェルに笑みを向けた。
「そっか、よかった。やっとラフェル様の役に立てるのに、初日から記憶飛ばしたのかと思った」
今日は記念すべきラフェルとの最初の日である。
セリファは、この日をずっと待っていた。
ラフェルの望む魔力交差に応える事が出来るこの日を。
「・・・セリファ、何度も言うけれど魔力交差を行うのに無理に性交渉する必要はない。あくまで、その方が効率が良いというだけだ。セリファが嫌なら無理しなくてもいいんだよ?」
「嫌じゃない。俺、ラフェル様の役に立ちたい」
「・・・ありがとう。じゃあ少しずつ段階を踏んで慣らしていこう。男のセリファがいきなり私を受け入れるのは難しいだろうから」
そう言って優しく自分の身体を抱き寄せるラフェルにセリファは勢いよく顔を上げ疑問を投げかけた。
「え!?今日は最後までしないつもりなのか?」
掴みかかる勢いで尋ねてきたセリファにラフェルは苦笑いで応えると逃げられないように腰に手を回してから宥 める様に説明した。
「そうだね。今日いきなりは恐らく無理だと思う」
ラフェルに最後までする意思がないと言われ、セリファは落胆した。今朝あれ程浮き足立っていた気持ちがみるみる萎んでいくのが分かる。
「セリファ?」
「・・・だったら・・・事前に準備、したのに」
思わず口から出てしまった失言にセリファは更に気分が落ちた。
(何言ってんだ俺。そんなの、ラフェル様に言ったってしょうがないだろ・・・)
そもそもラフェルはハッキリ今日セリファを抱くとは言っていない。
セリファはもう分かっている。
これは、セリファの我儘で、ラフェルが望んでいた事ではない事を。
ラフェルに恋人になって欲しいと言われた時セリファはラフェルが自分に恋心を抱いているとは思えなかった。それはセリファ自身もそうだった。セリファは変なところで頑固な性格をしている。だから、その申し出を素直には受け止められなかった。
彼がこれからのセリファの立場を考え申し出てくれた事も、今のままではラフェルに与える魔力量が少ない事も薄々気付いていた。子供のセリファを大切に扱ってくれていた事も分かっていた。
「俺、やっと大人になったのに」
けれど、そのラフェルの気遣いや優しさが何故かセリファを惨めにさせた。
「何の為に、ここにいるんだよ」
溢れた言葉と共にセリファの瞳から意思に反して涙が溢れ落ちる。ラフェルはやっと自分が見誤っていた事に気付かされた。
「・・・そうか。私はどうやら思い違いをしていたみたいだ」
下を向いていたセリファの顎をラフェルは優しく、しかし強引に持ち上げた。泣いた事が悔しくてセリファは思わず眉を顰め目を細める。
そして気がつくとセリファはその体制のままラフェルに深く口付けられていた。
驚く間もなく強引に唇を開かされ無理矢理こじ開けられた口内に厚い舌をねじ込まれる。今までにない激しいキスにセリファは抵抗も出来ずされるがまま口内を犯された。そしてすっかり力が入らなくなったセリファの身体を抱え唇を離したラフェルは、まるで誘う様に笑いかけた。
「セリファ、君は大きな勘違いをしている」
「ラ、ファル様?」
「様はいらない、ラフェルだ」
二人がいる寝室は薄暗く閉められたカーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいる。まだ昼に差しかかる時刻にも関わらず外からは、なんの雑音も入っては来なかった。
「君が私のモノなんじゃない。私が君のモノなんだ」
ラフェルと
「セリファはただ、望むだけでいい。ただ一言、今の望みを口にすればいいんだ」
セリファの心音だけがはっきりと耳に届いた。
「ラフェル・・・」
初めて番へ向け呼びかけた名は震えてそのまま空気に溶けた。
ラフェルがセリファの内情を察したこの日、セリファも自分がどれだけ捻くれた人間であったか理解した。
「ちゃんと抱いて。俺が【シルビー】の役目を全う出来るように・・・その為に、俺はここに来たんだ」
"家族を救う為に自分が犠牲になる"
出会い方を間違えた二人の関係は結局ここまで進展しなかった。原因は全てセリファ側にあった。
「私の【シルビー】君の望みを叶えよう」
セリファは思う。
いっそラフェルが酷い人間なら良かったと。
「理由はなんだって構わないんだ。セリファが私の側に居てくれるなら」
そうであれば、セリファはきっと、もっと素直に自分の今の立場を受け入れられた。
哀れで可哀想な、囚われの【シルビー】として。
結局セリファは未だにラフェルが向けてくれる愛情を信じきれないでいたのである。
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