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第23話【セリファのプライド2】

「夕食は部屋で済ませる。私の寝室に二人分の食事を用意してくれ」 主の指示に執事は目を丸くした。 今日、主人の【シルビー】がめでたく成人を迎えた。 この日の為に屋敷の者達は皆、セリファを祝う準備を隠れて進めていたのだ。 忙しかったラフェルも今日は休みをとり、セリファとゆっくり過ごせたはずである。 儀式を終え帰って来た二人の邪魔をしないよう屋敷の者達は準備をし二人が降りて来るのを待っていたのだ。 この日を楽しみにしていたのはラフェルだけではない。ラフェルの屋敷に仕える者全員がセリファを祝うのを楽しみにしていた。 「・・・しかしラフェル様、今日は・・・」 「セリファの成人祝いの席はまた改めて設ける。あと、私とセリファは暫く休暇を取ることにする。王宮とルミィールのところに急ぎ報せ送ってくれ」 全く表情を変えず支持するラフェルの様子に長年仕えているジルベールは眉を顰めた。 明らかに、様子がおかしい。 「・・・かしこまりました。寝室に誰か控えさせますか?」 「今は必要ない。皆には上手く伝えておいてくれ」 必要な事だけを伝え足早に寝室に戻るラフェルの背中をジルベールは不安な気持ちで見送った。 この少ないやり取りでジルベールは帰って来た主人達の間に何か起こったと予測できた。 (セリファ様とお帰りになられるまでは落ち着いていたのに、一体どうしてまたあんな表情を・・・あのご様子だと魔力交差は上手くいっただろうに) もしセリファに行為を拒絶されたとしてもラフェルがそれに腹を立てる事などないとジルベールは断言出来る。ラフェルが恐れているのはセリファが自分の下からいなくなってしまう事だ。 そこまで考えジルベールの表情は少し険しいものになった。当初心配していた事態がラフェルに起こる可能性が脳裏によぎったからだ。 (いや、セリファ様がラフェル様を嫌がっているとは思えない。寧ろあの方はラフェル様に好感を抱いていると思える。ラフェル様もエゼキエル様の件以来不安定ではあったが、セリファ様と距離を保ち、魔力が暴走しない程度にバランスをとっていらっしゃった。一体何が問題なんだろうか) ジルベールの考えは決して間違ってはいない。 しかし彼はラフェルと同じく上流階級の家の息子であった為、セリファの内情を深く理解する事が出来なかった。 セリファと同じ立場の者であったならセリファの身に起こった一連の出来事を聞いただけで容易く理解出来た筈だ。 彼等は主人の【シルビー】を歓迎した。 【シルビー】が不自由しないよう彼が過ごす全ての衣食住を整え、世話し、主人のラフェルもセリファの望む物は全て与える様にと命令した。 しかし真面目で純粋な青年は決して欲を口にはしなかった。それどころか彼は何かを与えられる度に戸惑い、何処か複雑そうな表情で自分達を見返していた。 ジルベール達はそんなセリファもいずれ、この生活に慣れるであろうと安易に考えていた。 もし仮に、ここに来ていたのが女性であったなら同じような状況だとしても運良く高貴な男の下へ嫁いで来たのだと自らを納得させる事が出来ただろう。 そもそも女性相手であれば政略結婚が可能だ。 例え相手に恋していなくともお互いが納得していればその二人の障害は極めて少ない。 しかし、それが同性になると話は変わってくる。 お互いが同性愛者であればまだいい。 しかし、ラフェルとセリファはそうではなかった。 ジルベール達は知らないが、ラフェルは初めてセリファと対面した時、同性であるセリファに不満な様子を見せている。事実、ラフェルは初めてセリファと引き合わされた時、相手が男であることに戸惑った。 だがそんな思いも直ぐ消え去ったラフェルは、そのやり取りを重く捉えてはいなかった。 しかし、セリファはそうではなかった。 彼はラフェルのその反応を未だにしっかりと覚えている。 父が倒れ、母と幼い兄弟を助ける為に自分の人生を諦めラフェルの下へやって来たセリファの心は当初不安で一杯だった。しかし、自分を引き取ってくれたラフェルは相手が同性で不満ながらも【シルビー】のセリファには過剰なまでに良くしてくれた。ラフェルの家族も周りの人々も。それもこれも全てはセリファが【シルビー】だからだと彼はここに来て知った。 セリファは何度も己に"自分は恵まれている"と言い聞かせた。 いくらラフェルが実家を援助してくれているとはいえ、自分の家族は未だあの狭い家で貧しい生活を送っている。セリファのように贅沢な生活や教育が受けられる訳ではない。 セリファは着替える度、食事をする度に家族のことを思い出した。こんな暮らしをしている事に罪悪感を覚えながら、一方でこれは自分の役割なのだと受け入れた。ラフェルの【シルビー】として、セリファは一生彼の隣に居続けなければならない。そのラフェルが恥をかく様な事があってはならないから。 しかし、ラフェルはそんなセリファに貴族のマナーを強いる事もしなかった。 時間が経つにつれ、セリファは自分が過保護なまでに守られている事に納得出来なくなっていった。まるでセリファには無理だと言われているように感じられたからだ。気遣われる度、今のセリファでは駄目だと言われている気がした。ラフェル達がそんなつもりではないと分かっていても気が重くなった。 セリファは無理矢理ここに連れて来られた訳ではない。自分で選んでここに来た。 彼は今まで自分の決断を誰かの所為にした事などない。どんな事情があろうと、選んだのはセリファ自身だったのだから。 それでもセリファは今回だけは、その選択を後悔した。 重たい瞼をゆっくりと開き、先ほどまで自分の身体を包み込んでいた熱をセリファは無意識に追いかけた。 "セリファ・・・私の、シルビー・・・" どうせ出会うなら、こんな形で引き合わされるのではなくラフェル本人に見つけて欲しかった。 「・・・セリファ、大丈夫か?」 ラフェルは【シルビー】だからセリファを大事にしてくれる。 神殿に"与えられた"から。 例えそれがセリファでなかったとしても結果は同じだっただろう。 だからセリファは、これ以上期待したくなかった。 「・・・ラフェル様、俺、うまく、できた?」 【シルビー】としてラフェルの役に立つ。 その思いが今のセリファを支えている。 「・・・ああ。とても満たされたよ、セリファ」 その言葉に安心し目を閉じたセリファは、自分を見下ろすその瞳が悲しげに揺れた事に気付かぬまま再び意識を手放した。

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