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第32話【ルミィールの隠しごと】
彼は10歳の時、自分が【シルビー】という希少な存在であると知らされた。
「・・・は?なにそれ。なんの冗談?」
「冗談ではありませんよ。私達は一目見れば【シルビー】とそうでない者を見分けられます。貴方がご両親に連れられて、ここに来た時から私は貴方が【シルビー】である事を知っていました」
ルミィールはとぼけた顔で話す馴染みの大神官を半端呆然と見上げた。そして何故その事実を今ルミィールに伝えて来たのか瞬時に考え後ろへ下がった。
「・・・僕を・・・売るのか?」
ルミィールの両親は彼が10歳を迎える前に事故で亡くなっている。その為、彼は親族から変わり者と呼ばれている調香師の叔父に引き取られ暮らしていた。
しかし、その叔父も体調を崩し、ルミィールは一時的に教会の神官に預けられていた。
叔父とこの神官は昔から懇意にしていたとルミィールは聞かされていたのだが・・・。
毛を逆立てた猫の様に警戒心を露わにするルミィールに大神官は落ち着いた様子で微笑み、首を振った。
そして、可笑しそうに笑い出した。
「あんなに【シルビー】について色々と教えて差し上げたのに、何故そういう発想に行き着くのか。まぁそれほど警戒心が強ければ簡単に騙されることはないかもしれませんね?」
クスクスと笑いながら大神官は後ずさるルミィールに近づくと、いつもの様に優しく頭を撫でた。
「貴方に真実を伝えたのは、いずれ来る出会いに備える為です。貴方は誰かの【シルビー】になる事を望んではいないでしょう?」
「当たり前だろ!僕は、好きになる相手は自分の意思で選ぶ!【シルビー】の事情なんて関係ないね!」
「そうでしょうとも。生涯を共にする相手は自らの意思で選ばなければなりません。その為に、貴方が【シルビー】という運命を背負っている事も知っていて欲しいのです」
大神官の言葉には、なんの憂いもなかった。
いつもと変わらぬ柔らかい音調でルミィールの事情を淡々と語るだけであった。だからこそルミィールは自分が【シルビー】であったことも受け入れられた。
真実を知ったルミィールは今まで自分が【シルビー】である事を隠して生きて来た。それにルミィールが【シルビー】だと知るのはこの街の教会にいる大神官達だった。
叔父の家業を継ぎ、ラフェルと友人になった後もルミィールは真実を打ち明けなかった。
(僕がラフェルの【シルビー】だったら、もっと上手くやれてたんだろうけど。まぁラフェルもセリファの事気に入ってるみたいだし、友人のよしみでコッソリ助けてやるか)
長い間ラフェルが魔力の相性が合う相手を探しているのはルミィールも知っていた。あわよくば奇跡の存在【シルビー】が現れるのを望んでいた事も。
それでも、ルミィールは自分の事をラフェルには告げなかった。セリファが現れ紹介された時も二人に自分も【シルビー】であると伝えなかった。
知られたくない事情が、あったからである。
「・・・ンッ!っっちょっと!!しつこい!!これだけすれば充分だろ!!もっ・・・離せよ!」
そしてルミィールは現在、あれだけ警戒していたにも関わらず、あっさりと見つかってしまった運命の相手らしいエゼキエルの胸の中にスッポリと収められたまま相手を睨みつけていた。
ボリュームのある赤茶色の髪を無造作に後ろに流しているエゼキエルの表情は、迫力がある。太い眉が片側だけ上げられているエゼキエルの顔は知らない者が見れば思わず目を逸らしてしまう程に怖い。
「なんだよ、まだ来たばかりじゃねぇか。それに、この前に比べると全然足りねぇ。もっと味わわせろ」
(い、いちいちエロい言い方すんな!やっぱキスなんてしてやるんじゃなかった!!)
エゼキエルに見つけられた時、ルミィールもまた運命の相手がエゼキエルであると瞬時に理解した。
ルミィールは抵抗を試みたが抵抗虚しく、こんな状況に陥っている。
「・・・出来るだけ早く終わらせろよ。僕、調香の仕事が沢山残ってるんだから・・・」
「だから帰りは家まで送ってやるって言ってんだろ?いい加減住処を教えやがれ」
「やだ。アンタ勝手に押しかけて来そうだから」
未だにエゼキエルを拒絶する態度をとるルミィールにエゼキエルは気に入らなそうな表情のまま、再び顔を近づけてくる。ルミィールは眉を顰めながらも自ら瞼を閉じた。
(絶対無理!今だってなんとか平静を装ってるけど見つめられるだけで心臓が苦しいのに!!これ以上側にいられたら僕死ぬ!!死んじゃうぅぅぅぅぅぅ!!!)
彼が【シルビー】である事を隠したかった本当の理由、それは。
・・・実は、ルミィールは同性愛者である。
そしてなんと、エゼキエルはルミィールの好みドストライクだった!
(絶っっっっ対に知られたくない!!コイツは別に男が好きな訳じゃないし、弱みを握られてコイツの言いなりになんてなるもんか!!)
変に頭が回るルミィールは何故だか色々拗らせていた。
そんな彼の胸中など知るはずもないエゼキエルは、ルミィールに不満な気持ちを抱きながらも、今日も仕方なく大人しく従うのであった。
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