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第34話【嵐の前兆】

本日、ラフェルの研究室に珍しい人物が訪れた。 「いやぁ〜まさかラフェルだけじゃなくエゼキエルまで【シルビー】が見つかるなんてなぁ?女神様は本当にいらっしゃったんだなぁ?」 仕事を続けるラフェルの背後でソファーにだらしなく体を横たえた男。その声には揶揄いの音が混ざっている。そしてもう一人、斜め左側には最近ラフェルと同じく【シルビー】を得た男が気に食わなそうにその男を睨んでいた。 「テメェの暇潰しに付き合うつもりはねぇぞ?要件があるならさっさと済ませて出て行きやがれ」 (お前もな) ラフェルが睨むとエゼキエルにそれが伝わったのか睨み返して来た。彼もラフェルに何やら用事があるらしい。きっと、ルミィール関連だろう。 ラフェルは内心うんざりした。 正直、今は他人の心配をする余裕はない。 彼の脳内は現在セリファとのアレコレで埋め尽くされている。 正直思考の邪魔になるので、さっさとお帰り頂きたいのが本音である。 「エゼキエルは相変わらず短気だな〜?【シルビー】を手に入れて最近は落ち着いたって聞いてたんだけどねぇ?」 「落ち着こうがそうでなかろうがテメェに対する態度は変わらねぇよ。で?用件はなんだ?」 エゼキエルの圧など、どこ吹く風のこの男は急かすエゼキエルに苦笑いを溢すと横たえていた体をやっと起こし真っ直ぐとエゼキエルを見据えた。 そして、思いもよらない事を口にした。 「実はね、どうやら私の【シルビー】が見つかったらしいんだが・・・」 男の発言にラフェルとエゼキエルの顔色が瞬時に変わる。この短期間に三人も【シルビー】が現れるなど歴史上初の出来事である。 「その相手が・・・エゼキエル。君の部下らしいんだよねぇ・・・」 「「は!?」」 聞かされた人物の名にエゼキエルは大きな口を開き、ラフェルは顔を引き攣らせた。有名ではないが貴族である彼の名はラフェルも知っていた。 「・・・アルティニア・メイデン。王宮騎士団に所属している。エゼキエルも名前ぐらいは知っているだろう?」 またもや同性の【シルビー】の出現。 ラフェルは知らず知らず眉間に皺が寄った。 そしてエゼキエルもまたラフェルとは別の意味で渋い表情になっている。 「リューイ、君はその真実をどこで知らされた?」 「・・・陛下から。メイデン伯爵、アルティニアの義父が秘密を漏らしたらしいねぇ?」 リューイと呼ばれた男は可笑しそうに口元に弧を描いているが、ラフェルは男が真実、笑っていない事に気が付いていた。そしてエゼキエルは激しく舌打ちしつつもリューイを無視する事を諦めた様子である。 ここにいる誰もが自分達の今の現状に作為的な何かを感じ取っていた。 彼等三人は、長年共通の問題を抱えて来た者達だ。 現国王から絶大な期待を寄せられながらも血と魔力の濃さ故に制御が効かず長い間その力を使う事が出来ないでいた。 それが一度に解消される【シルビー】の出現。 あまりにも話ができ過ぎている。 「で?用件があるのは俺の方にかぁ?」 「そうだねぇ。これから少々騒がしくなりそうだから先にそれを伝えておこうと思ってね?私の許可なく陛下やメイデン家がアルティニアを私の下へやると決めてしまったらしいんだよ」 「「はぁ!?」」 ラフェルとエゼキエルはリューイの言葉に驚愕した。本来【シルビー】が無理矢理引き渡される事はあってはならないのだ。 ラフェルは瞬時にセリファと引き合わされた当時の場面が脳裏を掠めた。まさかとは思いつつ、その考えを隅にやる。 「そんなことを大神官が許すとは思えないが?一体何故そんな事態に?」 「メイデンの糞狸に脅されたんじゃねぇか?アイツ(アルティニア)確か養子だろ?」 「・・・可能性は拭えないねぇ?いずれにせよ、アルティニア本人が良しと口にしたなら大神官も口は出せまい。彼等はそういうものだからねぇ?」 そうなのだ。 大神官は【シルビー】を見つけ保護し強制的に番いから引き離す事が出来る唯一の存在であり、それはこの世界の誰であっても逆らう事は出来ない。 彼等はこの世界の政には一切関わる事はない。 教会の神官は、神や精霊と人との架け橋。 彼等の管理する【シルビー】も守るべき加護の一つであるが人でもある【シルビー】の意思は尊重される。 つまり【シルビー】自身が決定した事には大神官であっても口を出す事がないのである。 その事をラフェルはよく知っていた。 自分の【シルビー】がそうであったからだ。 だからこそ、ラフェルは今セリファとの関係を拗らせているのである。 「お前、アルティニアと面識あんのか?」 「何度か書類の受け渡しで言葉を交わした事はあるけれど面識があると言える程ではないね?そもそも、うちとそちらは折り合いが悪いだろう?君達兵士は我々研究員を目の仇にしているからねぇ?」 リューイは王宮の研究機関の総括を任されている医療研究者である。しかし、その研究には人体実験も含まれており過去治療と称し重傷を負った兵士がその身体を実験体にされた過去が存在し、彼等はこの王宮内では異端扱いを受けている。 しかし表面上では皆それを隠している。 彼等の研究が確かな結果を出している事実がある以上、表立って彼等を非難する事が出来ないでいるのだ。勿論この国の王が彼等のする事を黙認しているという事が一番周りに影響を与えているのであるが。 と、ここまで思いを巡らせていたラフェルは、ふとある疑問を口にした。 「・・・リューイ。何故まだ受け入れていない【シルビー】の話を私達に?アルティニアはまだ君の下に来たわけじゃないんだろ?」 リューイの話では全てが予定であり、今現在彼の下に【シルビー】はいない。その状況でわざわざ仲の悪いエゼキエルの所へ足を運んだ理由がラフェルには分からなかった。もしかしたら、この話を聞いたエゼキエルが気に入らないと邪魔をする可能性もないとは言い切れない。 しかし、リューイはそれには呆れた様子で返してきた。 「何言ってるんだい?君やエゼキエルの【シルビー】ならともかく、私の【シルビー】は王宮の騎士だよ?しかも出自が複雑ときてる。どんなに隠そうとも、その事実は瞬く間に広がるだろうね?いや、既に手遅れだろう。このタイミングで【シルビー】の存在を明るみにしたのは明らかに私とアルティニアを貶める為だ。そして、これは君達の【シルビー】も危険に晒しかねない。今まで知る必要のなかった者達までその存在を知る事になるからね?」 敵が多いのはリューイだけではない。 ラフェルやエゼキエルが邪魔だと考える者は確かに存在する。 「気が乗らねぇなぁ?お前と手を組めって?」 そう口にしつつ答えの出ているエゼキエルは鬱陶しそうに自分の頭を掻いた。ラフェルも気は乗らなかったが自分が最優先すべきものは、すでに決まっていた。 「どのみち【シルビー】が見つかった時点で、遅かれ早かれ君達の身にも起こる事案だろう?それとも彼等が折角利用出来るようになった道具(私達)を使わずにいられるとでも?」 それ(道具)が自分達だけの事を指すのであればまだいい。 しかし・・・・ 「そろそろ動き出すかもね?用心しておく事をお勧めするよ」 自分達の【シルビー】を指すのであれば? ラフェルとエゼキエルの目の色が変わった事を確認したリューイは口元に弧を描いたまま自らも目を細めた。 (ただ振り回されるのは性に合わないからね。これぐらいの意趣返しは許されるだろう?) こうして【シルビー】達は知らぬ間に面倒な騒動に巻き込まれていたのである。

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