36 / 102
第36話【傲慢なシルビー】
「セリファと申します。お声をお掛けいただき光栄ですベトリーチェ様」
今まで公式な社交場に訪れた事のなかったセリファだったが教師の指導の甲斐あって、なんとか直ぐに挨拶を返すことが出来た。
しかしセリファが女性貴族と面と向かって話すのはマリアンヌ以外彼女が初めてである。
セリファは内心とても緊張していた。
(ラ、ラフェル!早く帰って来て!!)
相手は本来、セリファの様な平民が会話する事など許されない相手である。ラフェルの番である自分はこの場にいる事を許されていると理解していても、思わず萎縮してしまう。
「噂には聞いておりました。想像していた以上に素敵な男性ですのね?もっと・・・中性的な方なのかと思っておりましたわ」
花が咲く様に笑顔をみせるルルアンナにセリファは上手く笑みを返せなかった。何故か分からないが、彼女が心から笑っているとは思えなかった。
「セリファはいい男だろう?派手さはないが顔の作りは綺麗だ。実家ではさぞモテたのだろう?」
返答に困っているセリファの代わりにマクベスが笑いながら間に入ってくれる。それに安堵してセリファはやっと表情を和らげた。
「・・・揶揄わないで下さい」
「あらあら?セリファは奥手だったのかしら?今まで恋人は作らなかったの?」
「そういえばセリファ様は成人になったばかりと伺いました。特定の相手がいなくとも不思議ではありませんわ」
確かにセリファに恋人がいた事はない。
ただそれは年齢の問題ではなく、単純に恋愛をしている暇がなかっただけである。
セリファだってそれなりに異性に興味を持っていたし、女性から好意を寄せられた事はあった。
しかし、今この場で話しているのは、そういう話ではないのだろう。
セリファは少し彼女から視線をずらしてみる。
(・・・見られてるよな?)
ルルアンナがセリファに話しかけて来た辺りから此方を伺う視線を確かに感じている。以前のセリファであれば不思議に思いその事を口に出しただろう。
しかし今のセリファは貴族社会についてある程度学び知識を得ている。恐らく彼女が口にした言葉はどれも本心ではない。牽制か試されているだけなのだろう。
(困った。俺、この人について何も知らないんだけどな・・・)
そもそもラフェルが本邸に着いて機嫌が悪くなった理由がそれである。
今回ラフェルの誕生日に他の貴族が招待される事をラフェルは知らされていなかったのだ。
「では、セリファ様のお相手はこれから探されるのでしょうか?」
「相手を、探す?」
先程から笑みを崩さないルルアンナの問いかけに、訳が分からず首を傾げた。そして、その後すぐにその意味を理解して彼女の視線を正面から受け止めた。
「ええ、だって貴方は男性ですもの。理解ある女性をこれから見つけなければなりませんわ。【シルビー】である貴方とラフェル様を支えて下さる、そんな相手を」
ルルアンナの言葉は以前のラフェルの言葉を思い出させた。
『これから先セリファが女性と結婚して家族を持ちたいと思っても君が私の【シルビー】である限りその願いは叶わない。そして私も、別の誰かを同時に愛せる程器用な人間ではない。もし、仮にお互い別の恋人を作ったとして、その相手は私達の関係をどう思うだろう?最初は納得したとしても時が経つにつれ我慢出来なくなるだろう』
セリファは、あの時ラフェルが恋人になろうと言った理由を今ようやく正確に理解した。
「・・・俺は、相手を探すつもりはありません」
不思議だった。
セリファは自分でも驚く程冷静に、ルルアンナに言葉を返した。
「そうなのですね?では、ずっと御一人でいらっしゃるおつもりですの?ラフェル様がご結婚されてお子様がお産まれになったら不当な扱いを受けるかもしれませんのよ?貴方にも家族がいれば孤独にはなりませんのに」
"家族"
セリファは咄嗟に両親と弟妹が脳裏に浮かんだ。
セリファが【シルビー】である事を知りラフェルの下へ行くと決めた時、セリファに向けられた母親の不安そうに揺れる瞳の奥にあったのは"安堵"であった事をセリファは知っている。
父親は気さくで明るい人柄だったが頭はよくなかった。母親はお人好しで頼み事を断る事が出来ない人だった。無計画に作られた弟妹達は皆まだ幼い。
そして、長男 があのまま成人したとしても家族の生活を楽に出来るほど稼ぐ事など出来なかっただろう。
だから、セリファはラフェルの下に来た。
「家族がいても、孤独な人間はいます」
セリファの両隣で影が動いた気がしたが彼は気にしなかった。彼は、ずっと資格がないと思っていたのだ。
「どのみち孤独ならば、必要がないと?」
形だけの関係に意味などない。
だから、セリファはラフェルの恋人にならなかった。
しかしセリファはこの瞬間、今までの自分の考え全てを自ら覆した。
「貴女は一つ大事な事を忘れています」
先程まで楽しそうに会話を続けていたルルアンナはセリファの先程とは様子が違う強い眼差しを受け思わず無意識に後ずさった。辛うじて微笑みを浮かべているが彼女は明らかに戸惑っている。
「なんでしょう?私が何を・・・」
ホールの向こうから人が近づいて来るが誰も気付かない。セリファは気付かれないようそっと指を握り込み出来るだけ柔らかい笑みを作った。
決して自分の声が震える事のないように。
「俺は【シルビー】です。俺が本気で願えばラフェルは永遠に俺だけのものです」
その言葉は、彼を知る者からしたら耳を疑う程に傲慢なセリフだった。
ともだちにシェアしよう!