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第37話【切望】

ラフェルは愕然とした。 今日はセリファに会わせようとしないラフェルに焦れ今回連れて来なければ再びラフェルの屋敷に押し掛けると脅されたラフェルは渋々セリファを両親の元へ連れて来た。 【シルビー】が男であると知った両親はセリファを歓迎したがラフェルは未だ警戒しているのだ。 母のマリアンヌはラフェルが結婚相手を連れて来る事を待ち望んでいた。 マリアンヌは魔人の血がとても濃い。 魔人は自分の欲求のままに生きる生き物だ。 彼女の夢はラフェルの可愛い嫁と仲良く過ごす事、そして孫を可愛がることである。 子供の頃から大きな魔力障害で苦しんでいた我が子に憂いを抱きつつ彼女はそれでも自分の夢を諦めなかった。最終的にはラフェルに隠れて多大な寄付金を教会に渡して【シルビー】を探し出したのだ。 そんな彼女が孫を諦めるとは到底思えない。 きっと彼女はセリファに会えば余計な事を吹き込むだろう。父マクベスも基本的にはマリアンヌの言いなりなので信用出来ない。 ずっと警戒していたのに今回まんまと騙されたラフェルは内心腹を立てていた。 セリファを初めて抱いたあの日からラフェルは何度も彼と肌を重ね合わせて来た。 そして最近は彼から流れ込んでくる魔力を受け取る度、打ちのめされている。 セリファはラフェルの【シルビー】だ。 誰よりもラフェルと魔力交差の相性が良く、手を握るだけでラフェルの魔力を安定させる事が出来た。勿論それでは長く持続しないので粘膜摂取の方が効率が良いが、それでも他の者とは比べ物にならない。 しかし、それらは本当にただの魔力交差だった。 セリファからのラフェルに対するがないのだ。 基本的に魔力交差の相手は恋人か夫婦である。 そうでなくとも可能だがラフェル達の様に差し迫ってなければ行うことはまずない。 魔力を与え受け取るというのは自分の全てが相手に晒されるという事と同義である。そして、相手に対する想いが強ければ強い程魔力は相手に馴染み相手の身体を強化させてくれる。 セリファとの魔力交差は申し分なくラフェルの身体を癒してくれている。彼と出会ってからラフェルは魔力の暴走を起こしていない。エゼキエルの件で理性を失いかけた時でさえ彼は自分の魔力をコントロールする事が出来た。 ただ、今まで魔力の中にセリファからの特別な感情は感じられなかった。 必要だから行っている。 そんな感じだった。 当初はラフェルも分からなかったのだ。 相性が良すぎて今までの相手と比べ物にならなかったので気付かなかった。 セリファの甘い魔力はラフェルを満足させていた。 しかし、それが【シルビー】だからだと気付いたラフェルは落胆した。 セリファに意識されていると知った時の喜びは一瞬で上書きされた。 ふとした瞬間に焦燥感に襲われセリファを直視出来なくなった。 少しでも気を抜いたらセリファに酷い事をしてしまいそうな自分が怖かった。 ラフェルの胸中など何も知らず隣にいる【シルビー】を憎たらしく思う自分自身に戸惑った。 セリファに出会ってから身体は明らかに安定しているのに心は乱される一方のラフェルは一人苦しんでいた。しかし、それを相談できる相手は誰もいない。 両親でさえ彼は信用出来なかったのだ。 自分が離れた場所でセリファが女性と話している。 それを目にしただけでラフェルの胸はザワザワと嫌な音を立てた。どうしようもない衝動が湧き上がってくる。今すぐ駆け出してこんな場所へセリファを連れて来させた両親と笑いながら会話する女性をセリファから引き剥がしたい。 その時ラフェルと挨拶を交わしていた相手は、急変したラフェルの様子に気付いたのか頭を下げラフェルに道を譲った。そんな相手の気遣いにさえ礼儀を返す余裕はなかった。 「ええ、だって貴方は男性ですもの。理解ある女性をこれから見つけなければなりませんわ。【シルビー】である貴方とラフェル様を支えて下さる、そんな相手を」 セリファ達と話をしている令嬢の声がラフェルに聞こえて来る。何を勝手な事をとラフェルは憤った。 「・・・俺は、相手を探すつもりはありません」 セリファの返答に今にも溢れそうだった怒りが和らぐのを感じる。 一刻も早くセリファの下へ。 ラフェルは急いだ。 「そうなのですね?では、ずっと御一人でいらっしゃるおつもりですの?ラフェル様がご結婚されてお子様がお産まれになったら不当な扱いを受けるかもしれませんのよ?貴方にも家族がいれば孤独にはなりませんのに」 そんなつもりは毛頭ない。 ラフェルは誰かと結婚するつもりも子供をもうけるつもりもない。 そしてセリファを孤独にするつもりも・・・ 「家族がいても、孤独な人間はいます」 セリファに向かっていたラフェルの足が思わず止まる。彼は、真っ直ぐに女性をみるセリファの横顔に釘付けになった。 「どのみち孤独ならば、必要がないと?」 きっと違うとラフェルは思った。 セリファはただ、知っているだけなのだと。 「貴女は一つ大事な事を忘れています」 セリファはたった一人でラフェルの下へやって来た。 家族を守る為に誰にも頼れず誰にも守られることなく。 彼の命綱は見ず知らずのラフェルだけだった。 「なんでしょう?私が何を・・・」 何故セリファがあんなにも頑なにラフェルの好意を拒絶したのか。何故自分の義務を全うする事にあれ程拘ったのか。 (・・・・・・セリファッ!) セリファはずっと孤独だったのだ。 大家族の中で育ったにも関わらず。 セリファには甘えられる相手がいなかった。 セリファはきっと自分では気付いていないだけで心の底から誰かに愛される事を望んでいる。 誰よりもなによりも【シルビー】よりも自身を見てくれる、そんな相手を。 「俺は【シルビー】です。俺が本気で願えばラフェルは永遠に俺だけのものです」 ラフェルはセリファの言葉を信じられない気持ちで聞いた。 そして言葉の意味を理解した途端、ラフェルの身体に稲妻が駆け抜けたような衝撃が襲いかかってきた。 それが真実セリファの本心だとラフェルには分かったのだ。何故ならば、その時ラフェルの中で彼を支えているセリファの魔力が急激に変化したのを感じ取ったからだ。 ラフェルは再びセリファの下へ震える足を進めた。 「あ、あら。ラフェル様・・・」 「・・・ラフェ・・」 ラフェルはその場にいる両親や令嬢を無視しセリファの前で膝をつくと彼の冷たくなった手を取った。 そして、その手に頬擦りした。 「セリファ、本気で願って欲しい。今この場で」 見上げる愛しい相手の瞳が驚きで大きく見開かれセリファの肌が紅く染まっても、ラフェルはその手を離さなかった。 「"私が欲しい"と言ってくれ。そうでなければ私はもう、まともに息も出来ないんだ」 その日以降ラフェルの【シルビー】は社交会でも知れ渡る程に有名になったのである。

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