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第38話【ループタイ】
セリファは今、大変困っている。
「ラ、ラフェル・・・そろそろ離して欲しいんだけど・・・」
「そんな事言わないで欲しいな・・・私はもうずっと我慢していたんだ。それに、本気で嫌なわけではないだろ?」
ただ今セリファは屋敷に帰る馬車の中、半ば強引にラフェルの膝の上に座らされ背後から抱きつかれた状態になっている。
そして時折、頸や頬にラフェルの唇が当てられている。その触れ方が強引なのにひどく優しいのでセリファはひたすら恥ずかしくて仕方がない。
「お、怒ってる?あんな事・・・言ったから」
「分かってるんだろう?セリファだって自分の身体の変化に気が付いた筈だ。そうやって誤魔化す癖をセリファは直した方がいい」
なんとなく誤魔化してみたがバレバレである。
なんの意味もないと分かったのでセリファは抵抗を諦めた。
少し前、皆の前でセリファがラフェルに対する執着心を口にしたあの瞬間、二人の魔力はハッキリと変化した。それと同時にセリファが自覚し始めていた気持ちもラフェルにも伝わってしまったのだ。
これでは、まるっきり逃げ道がない。
セリファは自分の情けない顔を見られないよう俯いた。
あの場で貴族令嬢に言い返してしまったセリファは後に引けなくなった。
自分の感情に嘘がつけず目の前で跪いたラフェルの望むままハッキリと口にしてしまったのだ。
『俺だけの番でいて。ラフェル』
セリファは、今更ながら自分がとんでもない事をやらかしたのだと実感している。ただ、それでも彼女に言い返した事を後悔してはいない。
彼女の言葉を肯定したらラフェルを失ってしまう予感がした。それは嫌だという強い感情がセリファを突き動かしたのだ。
「・・・セリファは私を特別な目では見てくれないと思っていた。君はいつも、私に恩を返す事ばかりを気にしていたから」
「・・・・・・だって、俺はただの平民だし。魔力交差する以外は役に立たないから・・・お、男の俺が、その・・・ラフェルのこ、恋人とか・・・ちょっと想像出来なかったというか・・・っうぇ!?」
しどろもどろで言い訳をするセリファにラフェルは表情を綻ばせる。ラフェルはセリファを横向きに抱え直すとそのまま身体を少し倒して無理矢理上を向かせ、彼を覗き込んだ。
「すまないが、私はセリファを恋愛 対象として見ている。これから、それでセリファを困らせる事になるかもしれないから覚悟だけはしておいて欲しい」
「ぃっ!?ひぇ?・・・ラフェル!?っん!!」
身体を倒されたまま覆い被さられ甘く囁かれた後、優しく唇に吸い付かれたセリファは抵抗も出来ず、狼狽えたままの状態でラフェルを受け入れた。
明らかに今までとは違う、魔力交差ではないラフェルのキスにセリファは身体を震わせた。
初めてするラフェルとの普通のキスがとんでもなく、気持ちいい。
これまで何度も何度も魔力交差で交わされてきたキスが実は配慮されたものであった事を彼は今日、身をもって実感した。
「ーーーっぁん・・・・ふぁっ・・はぁ」
「・・・はっ・・・本当に、可愛い・・・セリファ」
生まれて初めて本気の求愛を受けているセリファは羞恥で動けず、されるがままであったが、このまま続けられたら大変な事態に陥りそうなので、なんとか気合いでラフェルの肩を押し返した。
「そ、外でこういう事するのは、やめて、欲しい」
やっとのことでラフェルを止め、息を切らしながら膨らみ始めた欲望を腕で隠し身体を起こすとラフェルはやっと解放してくれた。
しかし恐らくラフェルは気付いている。
その証拠に寒くもないのに上着を脱ぐと何も言わず隣に座り直したセリファの膝にそれを掛けた。
「外じゃなければいい?」
「〜〜〜〜〜っっぉおう・・相談、で」
恥ずかしい。
とんでもなく、恥ずかしい。
穴があったら入りたい気分である。
セリファは動悸で痛む胸元に手をやり、ふと大事な事を思い出した。
「ラフェル」
「なに?セリファ」
本日一番のセリファの目的。
いつも与えられてばかりのセリファがラフェルに贈り物を渡すことである。
「誕生日おめでとう・・・ラフェル」
お祝いの言葉と彼が共に差し出した細長い包箱を見てラフェルは一瞬動きを止めた。
その様子からリィディスがセリファとの約束をちゃんと守ってくれたのが分かる。
セリファはラフェルを驚かす事に成功し、思わず笑みをこぼした。
「次の誕生日も、また何か贈らせて欲しい。俺もラフェルの喜ぶ顔が見たいから」
ラフェルはセリファからプレゼントを受け取ると包み紙を開いて箱の蓋を開けた。
中から出てきたのは、中心に美しいエメラルドグリーンの宝石が埋め込まれたループタイだ。
手の中のループタイを呆けた様子で凝視していたラフェルの表情が少しだけ歪んだ。そして何かを堪える様に目を閉じた後、顔を上げたラフェルの表情はセリファが初めて見るものだった。
「嬉しいよセリファ。今まで生きてきて贈られたどんな物よりも、これが一番嬉しい」
大袈裟なラフェルの言葉をセリファは間に受けなかったが、本人が嬉しそうなので口には出さなかった。
ラフェルがそのループタイをセリファに差し出してきたので首を傾げると、どうやらセリファにつけて欲しいという事らしい。ラフェルが身を屈めてきたのでセリファは素直に付けてあげる事にした。
「俺の瞳は、ラフェル様みたいに綺麗じゃないから。この色なら迷惑じゃないかと思ったんだ」
チャコールブラウンのセリファの色はラフェルには似合わない。だから敢えてラフェルの瞳の色と同じ色を選んだ。実は心の片隅でその色ならば若草色 のセリファの色も同時に思い出してもらえるかもなどという考えがチラついた事は黙っておく。
タイを付け終えたセリファが手を離す。
それは思った通りラフェルによく似合っていた。
しかし、そんなラフェルの姿を見ていられたのも一瞬で、気付けばセリファの視界は再びラフェルによって遮られた。
「この色はセリファを思い出せるから嬉しい・・・ありがとう。大事にする」
驚くほど強く抱きしめられながらセリファは今だけは細かい事を考えるのはやめようと思った。
「・・・うん」
ずっと認めはしなかったがセリファも薄々は気付いていた。ラフェルが、セリファに好意を持ってくれている事に。そしてセリファもラフェルに好意を抱いている。
それでもセリファは自分達が抱くこの想いが偽物でないという確信が欲しかった。
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