43 / 102

第43話【シルビー達の溜息】

「「ふぅ〜・・・」」 二つのため息は静かな室内では思いの外大きかった。 そこはルミィールの調香室。 様々な事情で【シルビー】としての役目を果たす事になった青年二人は、ボンヤリと手元の瓶を見つめている。 「・・・セリファ」 「うん?」 「セリファとラフェルってさ。結局恋仲になったの?」 「っ!?わっ!わっゎ!あぶっっ!!」 直球な質問にボンヤリしていたセリファの意識は突然覚醒した。その拍子に手元の瓶を落としそうになり慌てて瓶をキャッチする。瓶を落としそうになったからか、はたまたルミィールの質問に取り乱したからか、セリファの鼓動はとても早い。 「な、なに、突然。ルミィールこそ、どうなんだ?エゼキエルさまと、キス以上の事してるんだろ?」 パリィーン!! 今度はルミィールが持っていた瓶を手から落とした。 それにはセリファが驚いて素早く立ち上がると近くにある箒を掴んでルミィールの肩に手をかけた。 「ルミィール大丈夫か?怪我してないか?」 「・・・やっぱ、分かるんだな?魔力交差の痕跡が僕も見えるから、もしやとは思ってたんだ・・・」 セリファは床に散らばった破片を片付けながら、なんて答えたらよいのか考える。今更知らないふりも苦しいので明確な返答は避ける事にした。 「確信してた訳じゃない。ただ、俺はルミィールよりも早く、その・・・ラフェル様と、したから・・・それで起こる魔力の変化がどんなものが感覚的に分かるようになったんだ。だから、なんとなく、そうなんじゃないかと」 ラフェルの元へ来るまで魔力の事など全く知らなかったセリファだったが彼は王都マリエンタに来て多くを学んだ。 元々飲み込みが早く保持している魔力も多いセリファは本人の自覚はないが、実はかなり優秀な人材だった。その証拠に彼はルミィールに雇われて直ぐに彼の助手として認められている。調香師の仕事は本来誰にでも手伝えるものではないのだ。だからこそ、セリファは初めからルミィールのお気に入りだった。 「僕もセリファの事言えなくなったなぁ〜。はぁ・・・今更ながらセリファがここに来た時の気持ち、なんとなく分かった気がする」 「・・・それって・・・」 ルミィールのぼやきにセリファは素直に驚いた。 なんとなく、ルミィールは素直に認めないのではと思い込んでいた。 そんなセリファの心はお見通しなのか、ルミィールは少し困った顔で微笑んだ。 「【シルビー】として必要とされてるのと僕自身が好かれるのはまた別の話だからなぁ。だからセリファも最初、恋人になる事を拒んだんだろ?」 セリファは返事の代わりに苦笑いで返す。 ラフェルとの交際を断り彼にお金を返すためにルミィールの所へ来た当初のセリファはそれさえ自覚していなかった。 「ルミィールは、エゼキエル様が好きなのか?」 「・・・っう!?」 直球な質問に今度はルミィールが苦虫を噛み潰したような表情になっている。ずっと前髪で隠していた目元をルミィールは最近隠さなくなった。 最初はエゼキエルを拒絶していたように見えたルミィールだが、セリファは彼と一緒に王宮へ足を運ぶ度それが誤解であると分かった。ルミィールは結構、分かりやすい。 「・・・実は隠してたんだけど僕・・・恋愛対象が同性なんだ」 ルミィールの告白にセリファは動揺をみせなかった。 ただ少しだけ考える素振りを見せたあと、口を開いた。 「・・・それは確かにエゼキエル様に言いづらいかもな。あの人深く考えずに行動しそう」 「そうなんだよ!"なら好都合じゃねぇか!男が好きなんだろ!"とか言いそう!」 自分を受け入れてくれたセリファにルミィールはつい恥ずかしくなって誤魔化す様に言葉を続ける。 セリファはそんなルミィールの内情には触れず、さりげなくエゼキエルを擁護した。 「いや、流石にそれはないんじゃ?俺も最初はそんなイメージだったけど・・・それは魔力障害があったからで・・・」 ルミィールと魔力交差するようになってからのエゼキエルは以前の姿が嘘の様に落ち着いているのでコレはセリファの本心だ。 エゼキエルは相変わらず自己中心的ではあるが、無闇に苛立ちを吐き出さなくなった。セリファに対しては適切な距離を保ち、しかし気さくに話しかけてくる。 しかしその所為か、ラフェルは不機嫌な表情が以前より多くなったように思える。それについてはセリファが自分以外に可愛がられるのが気に食わないのだと執事のジルベールがコッソリ教えてくれた。聞いたセリファは返す言葉が思いつかずただただ顔を伏せただけだったのだが。 「まぁ〜そういう訳で、僕はエゼキエルとは恋人じゃない。でもセリファ達はもう、お互いの気持ちを知ってるんだろ?ラフェルとセリファの魔力が同じ色で混ざり合って定着してる。それって相思相愛の色だろ?」 「・・・大神官様に見せてないから、まだなんとも。でも、多分普通の魔力交差でも起こる現象だから、そうだと思う」 相性の良い相手と魔力交差を続けると、やがてお互いの身体を補うよう魔力自体が変化する現象が稀にある。コレは【シルビー】相手でなくとも起こるもので、身体ではなく心の影響が大きいとされてきた。その多くが仲睦まじい夫婦の間で起こるのだ。 当初ルミィールがセリファの魔力の変化を気にしていたのも【シルビー】なら身体の繋がりだけで魔力が変化するのではないかと疑っていたからだった。 「・・・で?なんでまだ恋仲じゃないの?」 結局答えを口にしないセリファにルミィールは改めて素朴な疑問を投げかけた。 「・・・たぶん・・・俺がラフェルに何も言ってないからだと」 「・・・え〜っと・・・じゃあ、セリファの気持ちはどうなんだよ?」 好きかと問われれば好きだとセリファは答える。 「この気持ちが恋なのかは、分からない」 それでも、セリファはラフェルを望んだ。 「でも、あの人を他の誰にも奪われたくはない」 最も近い場所にいるにも関わらず何故かすれ違いを起こしている彼等は実は間違ってはいない。 "【シルビー】だから" そんな曖昧で不安定な関係はとても脆く、ほんの少しの揺さぶりで簡単に途切れてしまうのだ。 「ラフェルの側にいたいから」 「じゃあそう言ってやれば?きっと泣いて喜ぶぜ?」 同じ【シルビー】としてルミィールはセリファの背中を押してくれる。 そして「僕もたまにはアイツに言ってやってもいいかもしれない」などとモゴモゴしているルミィールに、なんだか少しだけ勇気が出たセリファだった。

ともだちにシェアしよう!