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第49話【三人目のシルビー】

セリファは正直困っていた。 「・・・あの、今日は外に出ないので俺の側についてなくても大丈夫です」 「お気になさらず。仕事ですから」 "仕事"その言葉にセリファは違和感を感じる。 先日、ラフェルと同じ王宮官吏のリューイという人物と共にやって来た彼は、何故かその日からセリファの護衛として彼の側についている。 セリファは護衛など必要ないと断ったが、セリファに拒否権はないらしかった。どうやらセリファの護衛というのは建前で目的は他にあるようなのだ。 「アルティニア様は王宮で働く騎士様ですよね?仕事ってことはもしかして王様の命令なんですか?」 「いえ、私が【シルビー】だと明かされた時点で私は王宮騎士を辞しております。私は魔力管理室長に雇われた、ただの護衛です」 (た、ただの・・・護衛?) 確かに今目の前にいる男の装いは王宮騎士のものではない。しかし彼が着用している服は、ただの護衛が身に付けるには些か立派すぎた。これだと並んだセリファが彼の小間使いに見える。このまま外に出たら明らかに注目の的になってしまう。 平民が貴族に護衛されるなど余程の事情がなければ有り得ない事態なのである。正直迷惑でしかない。 「・・・えっと。何故ハイゼンバード様が俺に護衛をつけるんですか?俺、護衛される心当たりが全くないんですけど」 「それは、私にはなんとも・・・ただ、これは私の憶測に過ぎないのですが、私がセリファ様の護衛に指名されたのは私が魔力管理長の【シルビー】である事が関係しているかと。ご不快に思うかも知れませんが、暫くお側にいる事をお許しください」 「・・・じゃあせめて、その話し方やめて欲しいです。俺は平民なので、え〜と、恐れ多いというか・・・」 しかもアルティニアは初めて会った時から貴族相手にする様にセリファに接してくる。それが一番息苦しい。 「ラフェル様の正式な【シルビー】として引き取られたのですから、お立場はラフェル様とそう変わらない筈ですが・・・貴方の居心地が悪いというのであれば改めさせて頂きます。敬語で話すのは習慣で変えられませんが、次からは"セリファ"とお呼びしても?」 「はい。そうしてもらえると助かります」 どうやらセリファの居心地の悪さに気付いていなかったのか、はたまた護衛自体を断られなかったからか。 今まで無表情でセリファに張り付いていたアルティニアは少し申し訳なさそうに眉を下げながらセリファに笑みを向けた。 そんな彼の態度にセリファも少し表情を緩める。 「実は私も詳しい話を聞かされておりません。リューイ様の【シルビー】として彼の屋敷に住むと決まって直ぐ、師団長様の屋敷に連れて来られたものですから・・・」 「・・・そうだったんですか」 以前大神官は【シルビー】が本人の意思に反して引き渡される事はないと説明した。しかしセリファもルミィールも誰かの【シルビー】になりたいと望んでいたわけではなかった。セリファにはやむ得ない事情があり、ルミィールは断ることが出来ない状況になり結果的にお互い相手と共にいる事が決まったからだ。 だとすると、目の前にいる三人目の【シルビー】も似たような事情でここにいるのだろうと考えられる。 「・・・あの、アルティニア様」 「呼び捨てで構いません」 「あ、アルティニア、さん。その、ハイゼンバード様とは仲がいいんですか?」 以前にエゼキエルの暴走に巻き込まれているセリファは少しでも厄介事を避ける為に出来るだけ多く情報を集めておきたかった。その時と違い、セリファの心は真っ直ぐラフェルに向いている。 また変な形で巻き込まれ、無駄にラフェルの憂いを増やしたくないのだ。その為には相手に利用されないように備えておかなければならない。 その取っ掛かりとして、先ずは三人目の【シルビー】とその相手がどんな関係なのか、ある程度知っておこうと考えたのだが・・・。 「いいえ全く。私が所属していた騎士団との接点はあまりなかったので。年に数回業務で書類をお渡しした程度で、あの方がどんな人物なのか私は全く知りません」 セリファは余計な事を聞いたことを後悔した。 これはやはり面倒事に巻き込まれそうな気がする。 「・・・じゃあ、その時の接触でハイゼンバード様に見つかったんですか?」 「見つかった?いいえ。魔力管理室長は私の存在を認知してませんでした。私があの方の【シルビー】だと陛下に進言したのは私の養い親です。それを聞いた陛下が大神官様と私達を引き合わせ、事実が明らかにされました」 (・・・うわぁ〜・・・拗れてそう) 少し前まで拗らせていたセリファが言える立場ではないが、だからこそ分かる事がある。 「そうなんですね。因みに、アルティニアさんはハイゼンバード様とは、もう魔力交差しました?」 「いえ。室長に引き取られる事に決まってすぐ、彼は仕事で首都を離れる事が決まりましたので。そもそも、あの方は魔力交差する必要がないと仰ってました」 「え?」 思わぬ事実を知らされたセリファは呆然とアルティニアを見上げた。セリファは考えた事すらなかったのだ。 「ハイゼンバードは代々、高名な医務官を輩出している名家です。彼はその家の御子息であり今は魔力障害についての研究を引き継ぎ、改善する魔道具や薬を多く作り出してます。その成果により彼自身、魔力障害を緩和する事が出来るらしいのです」 「・・・じゃあ、何のためにハイゼンバード様はアルティニアさんを引き取ったんです?」 アルティニアの表情を見てセリファは咄嗟に自分の口を右手で押さえた。また要らぬことを聞いてしまったと後悔した。恐らく、そうせざる得ない事情があるのだ。 「私にも詳しくはわからないのです。やむ得ない事情があるのかも知れませんが、私は管理室長の事は全く存じ上げないもので・・・」 とりあえず、ラフェルが帰宅次第すぐにでも相談した方がよさそうだとセリファは思った。 「あの、さっきから気になってたんですけど、何故ハイゼンバード様を魔力管理室長と?名前で呼ばないんですか?」 「許可を得ておりませんので」 (この二人も絶対に拗らせている!) セリファは確信した。

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