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第52話【シルビーの認識違い】
「ルミィール。顔が凄い事になってるけど、大丈夫か?」
エゼキエルが魔物討伐の指揮を任され王都を出立した翌日。ラフェル達の屋敷にルミィールがやって来た。
どうやらエゼキエルもリューイと同じ考えで動いているようである。ラフェルもそれは承知しているのか、すんなりとルミィールの滞在を受け入れた。
戸惑っているのは寧ろ【シルビー】の三人だった。
「平気。ちょっと苛々して昨日飲みすぎたんだよ。気にすんな」
膨れっ面のルミィールに、それだけじゃないだろ?とセリファは突っ込みたかったが、なんとか抑えた。
今この場にはアルティニアもいる。
おかしな事は口に出来ない。
「目がかなり腫れて痛そうですが・・・本当に大丈夫ですか?何か冷やす物を用意してもらいますか?」
「っうぐ!」
(ア、アルティニアさん・・・わざとかな?)
明らかに泣き腫らしたであろうルミィールの目を見て気付くなというのは無理があるが、本人が触れて欲しくないのなら、そっとしておく方がよい。
セリファは恐る恐る自分の隣りに並ぶアルティニアを確認し・・・。
(あ、コレ、本気で気づいてないやつだ)
清々しいほど穢れなき真っ直ぐな彼の瞳に思わず目を細めた。悪意がまるで感じられない。
清い目が実に眩しかった。
「そうしたら?かなり酔っ払ってたんだろ?侍女さんに用意してもらうから。あ、後仕事用の部屋を準備したってラフェル様が言ってた。ここにいる間はその部屋を使ってくれって」
「そっか悪りぃな、わざわざ別の部屋まで用意させちまって。じゃあ差し支えない作業だけ、そこでやらせてもらう。あと挨拶が遅れたけど、僕はルミィール。エゼキエルの【シルビー】だ。エゼキエルからアンタ相手に畏まらなくてもいいと言われてるからアンタもそうしてくれ」
少しだけいつもの調子を取り戻したルミィールが挨拶が済んでいないアルティニアに手を差し出す。
それに応えアルティニアもその手を握った。
「初めまして。アルティニア・メイデンと申します。【シルビー】に関しては詳しくないのでお役には立てませんが、お二人の護衛に関しては私にお任せ下さい。しっかりお護りしますので」
「・・・え?何言ってんの?この人」
(うん、そうなるよな。分かる)
ルミィールの気持ちがセリファには痛い程よく分かる。でも、だからといって、どうしたらいいのかは分からない。
「あ〜・・・ルミィール。アルティニアさん本当に分かってないみたいなんだ。【シルビー】が、どういうものなのか。その、リューイ様が詳しく説明しないまま、遠征したみたいで・・・」
ルミィールが信じられない者を見る目でセリファを凝視する。その眼力にセリファは思わず肩を窄めた。
「いや、セリファ?なんで説明してねぇの?」
「いや!何度もしようと思ったけど!どう説明したらいいのか分からないし!・・・」
責められている気分になりセリファは困ってしまう。
自分よりも立派な成人男性の騎士相手に「貴方はリューイ様に可愛がられる立場なんです」なんてとても言えない。というかそんなアルティニアを想像出来ない。
「あの。先程から私の事で揉めているようですが何か問題が?私の行動に何か問題があったでしょうか?」
なぜ二人が言い合うのか分からないアルティニアは困惑気味に首を傾げている。そんな彼にルミィールは深い溜息の後、腰に手を当て勢いよく人差し指を突きつけた。
「【シルビー】が自ら自分の身を危険に晒すなんてあり得ないから!恐らく短期間でアンタを納得させるのが難しいと考えたアンタの番が護衛としてここにいろって言ったんだろうけど、それは建前。アンタは身の安全の為に、連れて来られたんだからな?間違っても俺達を守って怪我とかしてくれるなよ?」
(あ、そうか。そっちの心配?)
ルミィールの注意にセリファはハッとした。
リューイ・ハイゼンバードはルミィールの言う通り恐らく時間が足りずアルティニィアになんの説明もしていないのだろう。リューイにとって【シルビー】がどれだけ重要な存在かアルティニアはちゃんと認識していない可能性が高い。彼の話ではリューイは魔力交差を必要としないと言っていたが、それが真実かどうかなどセリファには分からない。そもそも例え魔力交差が必要なかったとしても自分の【シルビー】を簡単に手放すだろうか?
奇跡の存在だと分かっているのに?
普通ならあり得ない。
セリファは改めてラフェルやエゼキエルの今までの行動を思い出した。
どの記憶からもアルティニアが傷付いて良い結果など導き出されるとは思えない。
「・・・そうだね。万が一それで命が危うくなったりしたら俺達もどんな制裁を受けるかわからないな・・・アルティニアさん。お願いだから身を挺して俺達を守ろうとかしないで欲しい。下手すると俺達が報復されそう」
「いや、そうなったらエゼキエル達も黙ってねぇだろ?間違いなく、ここは血の海になるな」
「・・・すまない。君達が、さっきから何を言っているのか・・・私が怪我すると何か問題が?」
これはやはり詳しく説明する必要がありそうである。
ラフェルにも考えがあって余計な情報を与えていないのだろうが、同じ【シルビー】として、この後アルティニアに訪れるであろう衝撃と混乱を少しでも軽く済ませる為にも心構えが必要だと二人は判断した。
「セリファが難しいなら僕が説明する。ハイゼンバードがアルティニアをどうしたいのか分からないなら尚更知っておいた方がいいだろ?」
(そして何も知らないアルティニアさんの行動で知らぬ間に俺達が地雷を踏み抜かない為に!)
二人の真剣な面持ちは困惑するアルティニアを強制的にソファーに座らせる事に成功したのだった。
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