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第54話【マリアンヌのお茶会】
温かな昼下がり美しい庭園の一角で彼女達はテーブルを囲み華やかにお茶を楽しんでいた。
「どのお菓子もとても美味しいですね。それに、マリアンヌ様とまたお話しできて嬉しいですわ」
「私も貴女達とお久しぶりにお喋りをするのを楽しみにしておりました。どうぞ今日は思う存分楽しんで下さいな」
本日のお茶会の主催者マリアンヌ・リンドールは扇で口元を隠しながら招待客達に微笑んだ。最近の流行りの話で彼女達を和ませ、王都で人気のお茶やお菓子で彼女達をもてなしてくれる。
今日招待された婦人達はマリアンヌ同等の上流貴族の家のご令嬢達。女性だけの集まりである。
「ルルアンナもお久しぶりね?ラフェルの御祝い以来かしら?」
「はい。その節は御子息様の大事な御祝いの場にお招き頂きありがとうございました。ラフェル様はお変わりありませんでしょうか?」
柔らかく微笑みながら礼儀正しく返事を返すルルアンナにマリアンヌは変わらぬ微笑みでそれに応える。
「ええ、あの愚息は相変わらず。こちらから催促しなければ報せの一つも寄越さない親不孝者よ」
「ラフェル様は王宮の官吏でいらっしゃいますから。とてもお忙しいのでしょう。自慢の御子息様ですわ」
「ええ本当に。最近魔力も完全に安定したいう噂を小耳に挟みましたわ。それが真実ならば、この国にとってこれ程喜ばしい報せがありましょうか」
一人の令嬢のこの言葉に微かに反応した者がいた。
他の者は気付けなかったがマリアンヌだけは、その微かな揺らぎを見逃さなかった。
「どうでしょう。楽観的に考えていいものか私は疑問を抱いてしまいますわ」
「あら。何がおっしゃりたいのかしら?」
彼女達の会話をマリアンヌは静かに眺め観察する。
苦言を口にしたのは先程マリアンヌと会話していたルルアンナだった。
「確かにラフェル様の魔力は以前と比べるまでもなく安定しておりましたわ。ラフェル様ご自身のお身体に関してでしたら良い報せだと断言出来るでしょう。けれど、それは【シルビー】があってのことでしょう?」
意図的に避けられてきた【シルビー】という言葉にその場は一時静けさに包まれた。しかし、そうなるのも仕方のない事だった。
ここにいる女性達はラフェルの婚約者候補としてマリアンヌに選ばれた者達だ。マリアンヌ自身ハッキリと口にした訳ではなかったが彼女から声をかけられた家の者達はその覚悟で自分の娘をマリアンヌの下へ送り出している。
彼女達にとってリンドール家に嫁ぐことは自分の家の末長い繁栄と安泰を意味する。その繋がりを勝ち取る為に彼女達はずっとマリアンヌとの関係を維持する努力を怠らなかった。だが、彼女達が予測しなかった事態が起こる。
ラフェルの運命の【シルビー】
セリファが現れてしまったのだ。
しかも幸か不幸か、その相手の【シルビー】がまさかの男だった。それにより彼女達は微妙な立場に追いやられた。
「そ、その・・・お会いした事はありませんがラフェル様の【シルビー】に何かあるのですか?」
ルルアンナの向かいにいる令嬢が様子を伺いつつ疑問を投げかける。するとルルアンナは自分の発言に問題があった事に気づいたのか慌てて首を横に振る。
「いいえ!そんなつもりで言ったのではありません。私とした事が失言でしたわ。不用意な発言で皆様をご不快な気分にさせてしまいましたわね。マリアンヌ様、大変申し訳ありません」
「気にする事はないわ。貴女にはラフェル達の背中を押してもらって感謝しているの。だから気にせず会話を楽しんで頂戴」
マリアンヌのその一声でお茶会の空気が再び和らいだ。
先程の会話など無かったかのように彼女達は会話を再開する。
「そういえば、最近新しいドレスのデザイン画を拝見する機会がございましてーーーー」
マリアンヌはこの日一度も彼女達の会話に言及する事はなかった。
「ルルアンナ様」
ルルアンナは呼び止められ馬車に向かっていた足を止めた。
振り返ると自分よりも少しだけ背が低い、おっとりとした雰囲気の女性が立っている。
「ディア様。どうかされましたか?」
彼女も今日のお茶会に呼ばれた令嬢の内の一人だ。
ルルアンナと個人的な交流はないがマリアンヌの催しに必ず参加しているので付き合いは長い。
「ルルアンナ様は、その・・・ラフェル様の【シルビー】とお会いになられたのですよね?」
「ええ。ご挨拶させて頂きましたわ」
「差し支えなければ・・・どんな方だったか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
彼女達はラフェルの【シルビー】が男であったことで実は難題を迫られる立場にあった。
リンドール家との繋がりを持つ道具として彼女達はラフェルだけではなく【シルビー】も取り込み二人の関係を壊さぬままラフェルの妻になることを周りから求められているからだ。
ルルアンナは難しい顔で彼女から視線を逸らした。
その視線は少し先にある街の門、その更に遠くの山に向けられている。
「やはり貴族ではなく平民の青年でしたわ」
その事実が彼女達にとって一番の障害でもあった。
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