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第56話【アルティニアの事情】
「アルティニア。お前はハイゼンバード家の養子になる事が決まった。だがお前を引き取るメロウ様は病の療養中でお前を跡取りとして教育するのは難しいらしい。そこでお前の面倒は彼の甥であるリューイ・ハイゼンバードがみてくれるそうだ」
それを聞いたアルティニアは義父の頭がとうとう壊れたかと本気で思った。
目の前で信じられない発言を放った男、マジュラード・メイデンはアルティニアの叔父で今は亡くなったアルティニアの父親の代わりにアルティニアを引き取りメイデン家の当主になった男だ。
本来なら次の当主はアルティニアだったが、まだ幼かったアルティニアは何も出来ぬまま自分の父親の弟に自分の家を乗っ取られた。そして現在、義父には血の繋がった幼い息子が二人いる。つまりこの男は邪魔なアルティニアを追い出したいのだ。
しかしそれでも彼はこの状況が理解出来ない。
「・・・私の間違いでなければ、ハイゼンバード家といえば王家と関係の深い上級貴族だと記憶しているのですが・・・そんな方が何の利益もなく私を引き取ると?」
当然の疑問を投げかけると義父は気持ちの悪い笑みを浮かべ何故か忌々しそうにアルティニアを睨んで来た。
ほんとに意味が分からない。
睨みたいのはこちらなのだが?とアルティニアは思う。
しかし、次に義父から放たれた言葉にアルティニアは呆然とした。
「お前には知らせなかったが、お前は実は【シルビー】という生き物だ」
「・・・・・・・・・・・は?」
【シルビー】
数年数百年に一度か二度現れるかどうかの存在。
その【シルビー】が実はアルティニアだと言われ受け入れられるわけもない。しかし、そんなアルティニアの気持ちなどお構いなしに話は進んでいく。
「そして、お前の相手はリューイ・ハイゼンバードだ。陛下はお前が彼の下へ行くことを望まれた。この話が陛下の耳に入った時点で私にはなんの権限も許されていない。言いたい事は分かるな?」
彼の悔しそうな様子に、この結果は義父が望んでいたものでないのだと彼にも分かった。そしてきっと義父は最初からアルティニアが【シルビー】だと知っており、それを意図的に隠していた事も感じ取れた。
「・・・何故、そんな大事な事を今まで私に隠していたのです?」
「お前を引き取った時、神殿の者が私の下にやって来た。そしてお前を神殿に渡せと言って来たのだ。兄の忘れ形見を身も知らぬ胡散臭い奴等にそう簡単に渡すとでも?」
それは渡さないだろう。
すぐにアルティニアを渡してしまったら家督の権利も一緒に奪われ手が出せない状態になってしまう。だから義父はアルティニアの秘密を守る代わりに彼を無理矢理引き取ったのだ。
そして今回、神殿との約束を義父は破った。
事業が上手くいかず焦っていたのか、ただ王に取り入りたかったのか。理由は定かではないが、何らかの利益を求めアルティニアを利用しようとしたのは間違いない。しかし秘密を王に告げてしまったことで彼はまだ利用できたアルティニアを取り上げられるのである。
(成る程・・・道理で。明らかに私を疎んでいたにも関わらず、今までまともに生活が出来ていたのは、そういう事情があったのだな)
アルティニアはその事実を知って抵抗する気にもなれず半端諦めたように目を伏せた。
「アルティニアさん?アルティニアさんどうかした?」
声をかけられアルティニアは自分が考えに耽っていた事に気が付き慌てて顔を上げた。
現在彼はリューイ・ハイゼンバードと同格の貴族の家に居候している。自分の状況を忘れていた彼は心配そうに覗き込む素朴な印象の青年に微妙な笑みを向けた。
(いけない。思った以上に私も混乱しているんだな)
アルティニアは今まで一度も【シルビー】について詳しく調べた事がなかった。その為、彼の【シルビー】の知識は世間で知られる程度のものだった。そして必要なかった彼は今まで誰かと魔力交差などした事もなかった。
「あの・・・この間の話はあまり気にしない方がいいと思う。基本的に【シルビー】には拒否権があるしルミィールはその、ちょっと明け透けというか・・・【シルビー】は相手に執着されやすいから心配で説明したんだけど・・・余計不安にさせたよね」
困った顔で心配そうに自分を見上げるセリファにアルティニアはなんとか表面上笑顔を作った。
それしか出来なかったという方が正しい。
(・・・言えない・・・実はラフェル様と君が魔力交差している所を盗み聞きして衝撃を受けたからなんて絶対に言えない)
セリファがラフェルの部屋を訪れ強引に身体を求められたあの日。アルティニアは姿の見えなくなったセリファを探しに部屋の近くまで来ていた。そしてラフェルの部屋から聞こえてくるやり取りをしっかり聞いてしまっていた。
『・・・はぁ、はぁ、んっぁっぁぁっあ"あ"あ"!?ぃやぁあああ!だめだめだめぇぇぇええええ!!』
蘇る記憶にアルティニアは一瞬意識が遠のいた。
(まさかアレと同じ事をもしかして自分も求められるのだろうか?)
「おーい!二人ともそんな所に突っ立って何してんだよ?ん?アルティニア?なんか顔色が悪くね?」
「ルミィール・・・やっぱ余計な事言い過ぎたんじゃないか俺達。アルティニアさん、本当に気に病まないでね」
気持ちは嬉しいが恐らくそれは難しい。
アルティニアは取り敢えず、考える事を放棄した。
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