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第58話【知らぬ間に地雷踏む】
ふと額に当てられた冷たさにアルティニアは瞼を開いた。
誰かがアルティニアを覗き込んでいるが部屋が薄暗くその姿はボヤけている。その覚えのある気配にアルティニアは反射的に起き上がろうとした。
「・・・起こしたかい?無理しなくていいよ。何も考えずそのまま眠るといい」
「・・・いえ、もう戻らないと・・・」
「大丈夫、彼等の護衛は私が帰るまでの約束だからね。何も心配する必要はないよ。ほら、目を閉じて」
普段なら決して素直に目を閉じたりしない彼は何故かすぐに眠りに落ちた。リューイが眠りの魔法を施したのである。
そしてリューイは顔色の悪い自分の【シルビー】に胸が騒ついた。どうも気分が落ち着かない。
(どうしたものか・・・)
少しだけ良くなったアルティニアの額をそっと撫でると少しだけ荒立った感情が和らいだ。彼は今まではなかった自分の身体の変化を冷静に分析していた。
(恐らく私に刻まれた"印"とやらの影響なのだろうが、魔力が安定していても関係なく【シルビー】に反応をするとはねぇ?本当にタチが悪い・・・コレは祝福というよりも呪いではないのか?)
ラフェルの【シルビー】が見つかったと知った時、リューイは然程彼等に興味を抱かなかった。
魔力障害が問題視されているこの世界でも魔力を完璧に制御し操れる者達が僅かながら存在する。その内の一人がリューイ・ハイゼンバードだ。
彼は幼い頃から自らの身体で実験を繰り返し魔力を研究してきた。ハイゼンバードの一族が長年研究して来た魔力病に関する成果はどれも素晴らしく、その記録や知識を欲する者は後を絶たない。だが、ハイゼンバードの一族はその知識を外に持ち出す事はない。彼等を知らない者達はそんな彼等を影で非難した。しかし、真実を知った者は黙って魔力障害の治療を諦めた。ハイゼンバードにしか魔力治療が行えなかったからだ。彼等は天才だった。
(もし私の【シルビー】が手に入ったら研究材料ぐらいにはなるかもなんて考えていたなぁ・・・)
リューイはアルティニアが自分の【シルビー】だと知らずに今まで生きて来た。
「・・・まさか君が私の【シルビー】だなんてね。心底、君に同情するよ」
だがアルティニア・メイデンという男の事は、ずっと前から知っていた。彼が王宮の騎士になり、王宮官吏のリューイと関わりを持つ様になるずっと前から。
数年前、屋敷の庭に迷い込んで来た男の子。
身体に不釣り合いな大きな剣を抱えリューイに笑顔を向けた少年をリューイはずっと覚えていた。
『いつか私が貴方に認めてもらえるぐらい強くなったら貴方の名前を教えて下さい。その時はきっと貴方の力になりますから』
アルティニア・メイデン
他人に興味がないリューイ・ハイゼンバードが初めて自ら名前を覚えた人物。そして、だからこそ今まで自ら関わるのを避けて来た相手だった。
リューイは音を立てず部屋を出るとラフェル達が待つ部屋へ向かう。
アルティニアは子供の頃リューイと出会った事を覚えていない。たった数回会話しただけの相手。それに当時リューイは自分の名を明かさなかった。アルティニアが覚えていないのもおかしくはなかったが、それ以外の可能性もあった。
アルティニアはリューイと出会った後、隣の領地へ向かう途中の山道で大きな事故に巻き込まれた。その時に大怪我を負い一部の記憶を失っていたのだ。一緒に馬車に乗っていたアルティニアの両親や使用人は皆、助からなかったと聞いている。
リューイの口元が弧を描く。
しかし、その眼は恐ろしいほど冷え切っていた。
(潰しても潰しても湧いて出る蛆共が・・・彼等はどうやら本気で私を怒らせたいらしい・・・)
ハイゼンバードの一族の生み出す医療知識や技術は他に類をみないほど突出していたが、彼等の研究や成果が正当に判断される事は少ない。むしろ反発の方が多く今でもハイゼンバード一族は国を滅ぼす邪教徒であると宣う者も少なくない。そんな彼等と関わる者も同じく周りから嫌悪された。その癖なにか問題が起こると彼等はハイゼンバードに助けを求めて来るのである。
そんな彼等が今まで無事生き残って来られた理由。
それは彼等の先祖がこの国の王と交わした誓約にあった。
簡単に誓約の一部を要約すると"王はハイゼンバードの知識を奪ってはならない。その見返りにハイゼンバードは、国に必要な知識を王に与える"
実はこの様な誓約はこの国には他にもいくつか存在する。
大昔この国を蹂躙した凶王を弑した者達が国を見捨てない代償として交わした誓約だとリューイは聞いている。
魔法の誓約を交わしたのは全部で五つの一族。
リューイの一族ハイゼンバード
当時、最もハイエルフの血が濃かったリンドール
いまだ魔人の血が濃いマゼンタ
最も血の影響を受けにくいベトリーチェ
ドワーフの血を引くフォリンタ
そして、その誓約を交わした五つのうち三家に現れた【シルビー】達。明らかに仕組まれたとしか考えられない。
現在、ラフェルやエゼキエルは見えない敵から【シルビー】を守るのに精一杯で思うように身動き出来ない状態になっている。
リューイがそうであるように。
アルティニアの少し強張った表情を思い出し、彼はアルティニア達を巻き込んだ代償を、ここまで事態を収集出来なかった全ての者に払わせると決めた。
(アルティニアに不必要な憂いを与えたんだ、それ相応の罰を与えてやらないとね)
ラフェル達は思いもよらなかった。
誰もが求める【シルビー】を望まない者がこの世に存在したのだと。そして【シルビー】を与えてしまったことで決して触れてはならないリューイ・ハイゼンバードの逆鱗に触れていたのだと。
初めて出会ってから、ただ純粋にアルティニアの幸せを願い影から見守り続けたリューイの想いが最悪の形で踏み躙られていたという事実を知るのは、まだ当分先の話なのである。
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