エゼキエルの討伐隊が王都に帰還して数日後の昼下がり。 セリファ達はエゼキエルに会う為、王宮にやって来た。 正確にはルミィールを迎えに来ないエゼキエルに痺れを切らしたルミィールがセリファとアルティニアを半ば強制的に巻き込み乗り込んで来たのである。 「セリファ・・・ルミィールのあの表情は一体？」 「え？ああ、拗ねてるだけだと思います」 アルティニは鼻息荒く両頬を膨らませているルミィールに少し引き気味である。セリファは慣れているのでなんとも思わないのだが、ルミィールの外面しか知らない彼はルミィールが拗ねている姿が意外だったらしい。 「失礼します」 しばらくして客室にやって来たのはエゼキエルではなく立派な鎧を纏った騎士だった。アルティニアの姿勢が良くなったのを見て彼がエゼキエルに近い騎士なのだと察しセリファも思わず姿勢を正した。 「お待たせして申し訳ない。ルミィールさんお久しぶりです。あとアルティニアは久しぶりだなぁ」 気さくに挨拶する騎士にアルティニアは握った拳を胸に当て騎士の挨拶を返した。ルミィールも挨拶しているので恐らく彼はルミィールのお得意様の一人なのだろう。 「こうやってご挨拶させて頂くのは初めてですね。俺はグルタニア国第三騎士団副団長のユイルと申します。つまりエゼキエル様の部下です。どうぞお見知り置きを」 「セリファです。突然押しかけて申し訳ありません。あの、ルミィールはエゼキエル様に会えないんですか？」 エゼキエルが地下に籠ったということは魔力の制御が上手くいかない状態なのだろう。それならばルミィールが必要な筈なのだが・・・。 「それがあの人今回思ったよりも身体を酷使されまして、回復するのに時間がかかっているんですよ。魔力も精神も不安定なのでそんな状態でルミィールさんに会うわけにはいかないそうです」 「・・・そうですか。・・・ルミィールどうする？」 今日セリファ達が王宮に来ている事をラフェルはまだ知らない。アルティニアもここに来る前に言伝を使いの者に頼んでいたのでリューイも知らないだろう。 この三人だけで凶暴性が増しているエゼキエルに会うのは正直とても無謀だと思う。 「どうするって僕は会いに行くけど？セリファ達はここで待ってて」 そう思っていた先からルミィールが無謀なことを言い出した。いや、そう言うだろうなとセリファは思っていた。 「いけません。不安定なエゼキエル様は本当に危険なんです」 アルティニアの静止に構わずルミィールはソファーから立ち上がった。それを止めようと伸ばされたアルティニアの手をセリファがそっと静止する。 「アルティニアさん駄目です。不用意にルミィールに触れないで。ユイル様も。後でエゼキエル様に知られたら、ややこしくなるので・・・」 その忠告に言葉の意図を汲み取った二人が思わず息を飲む。 ラフェルと繋がったセリファは自分の【シルビー】が他の誰かに触れられる事を番が本気で嫌がるともう知っている。 理屈ではなく本能に近いソレがどれほど凶暴な感情かも。相当理性的で我慢強いラフェルでさえルミィールと仲良くしている姿を見てあれだけ取り乱すのである。 リューイやエゼキエルがどこまでなら許してくれるのかセリファにも検討がつかない。 セリファは、大きな溜息をついた。 「俺も一緒に行くよ。その代わり無理だと判断したらルミィールが暴れても連れて帰るから。それが嫌なら今すぐラフェルを呼びにいく」 「セリファ！本当に危険なんです」 「ヘタ打つと俺達木っ端微塵に吹っ飛ぶんですがねぇ？」 アルティニアとユイルが難色を示すがセリファは諦めていた。恐らく、今のルミィールは何を言っても聞かないだろうと。 「別について来なくてもいいけど？アイツが暴走する前に僕が触れられれば何も起こらないし。もうずっと閉じ込められててうんざりなんだよね。いい加減外に出たい」 素直じゃないがセリファにはルミィールの気持ちが分かる。恐らくエゼキエルは酷い怪我を負っている。セリファとの一件でラフェルがエゼキエルに傷を負わせた時も確か彼は王宮の地下に籠っていた。 ルミィールは、エゼキエルが心配でしょうがないのだ。 「行くよ。俺は大丈夫ラフェルの力に守られてるから。ユイル様行かせて下さい」 「はぁ〜・・・本当に大丈夫なんですかねぇ？」 止めても飛び出して行きそうなルミィールを止めるのは難しいと悟ったユイルは覚悟を決めたらしい。アルティニアも納得はしていないようだが仕方なく立ち上がった。 エゼキエルは見慣れた魔法陣の上でひたすら自分の魔力が安定するのを待っていた。 （ さっさと片付いたのは良かったが、腹を抉られたのは余計だったな。あの鳥野郎・・・お陰で折角安定してた魔力も台無しじゃねぇかクソが ） 久々に感じる冷たい床の感触がエゼキエルの不快な記憶を思い出させる。幼い頃から彼は何度もこの部屋に閉じ込められてきた。 恐怖と侮蔑を含んだ瞳が自分を見下ろしている。 この世に生を受けてからずっと"厄介者"であった彼はそれが当たり前の人生を送ってきた。 この暗い地下室も彼の"日常"の一部だった。 ふと暗い部屋に一筋の光が差し込んだ。 「・・・・あ？」 エゼキエルは一瞬何が起きたのか分からず理解した時には手遅れだった。何者かが地下室に侵入しエゼキエルの抑えていた魔力がうねり出した。しかしその魔力が放たれるより早く、彼は飛び込んで来た。 「ーーーーーーッ！？」 覚えのある柔らかい感触がエゼキエルの唇に触れる。 油断していたエゼキエルの口内に覚えのある甘い液体が流されエゼキエルの身体を瞬時に癒していくのがわかった。 そして同時に事態を飲み込みエゼキエルは絶句した。 「遅い！迎えに来るのが遅すぎる！あと、こういう時こそ真っ先に僕を呼ぶべきだろ！アンタやっぱ馬鹿だろッ！！」 危険を顧みず飛び込んできた青年に言いたい文句は山程あったがエゼキエルはそれらを口に出す事はなかった。 その代わりルミィールの苦情も同時に塞ぐ事にした。