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第65話【ルミィールの決意】
「ラフェル、いい加減機嫌直せよ。全部僕が悪かったって」
それはルミィールがラフェルの屋敷を訪れる少し前。
ラフェルがセリファにルミィールとの接触を禁止してから一ヶ月が経った。最初のうちは黙って従っていたルミィールだったが手紙の返信さえないセリファが心配になり、まずはエゼキエルにその事を相談してみる事にした。
すると、エゼキエルの答えは芳しくなかった。
「セリファに関しては俺も一度、盛大にやらかしてる。俺がラフェルを説得するのは無理だぞ。それに今回の件はな、お前が考えてるより複雑なんだよ」
珍しく歯切れの悪いエゼキエルの膝の上でルミィールは首を傾げた。どうやら怒っているラフェルの気を鎮めれば解決できるという単純な話ではないらしい。
「…いい機会だ。もう巻き込んでんだから説明しとくが、そもそも俺やラフェルの側にいる奴は、どうあっても危険に巻き込まれる。俺達が鬱陶しい連中が常に隙を狙ってやがるからな。俺達の立場はちぃと特殊でな?おまけに王族と特殊な誓約で繋がってる関係で、自由にこの国から離れられねぇ。そんな俺達が、一番警戒するのはなんだと思う?」
「国から出られないなら、人質を取られて国外に逃亡されるとか?」
「だな。だが、そもそも貴族で王国に仕える奴等はその心構えが出来てんだよ。その家族もな。だからもしそんな事態に陥ってもいざという時に切り捨てる覚悟がある。そう育てられるからな」
それは兵士でもない平民のルミィールにはない感覚である。しかし、その意味は理解出来た。
「それと、今回のこと、どう繋がるんだ?」
いまいち要領を得ないルミィールにエゼキエルは一瞬渋い顔をしたが、その理由もすぐに分かった。
「そんな俺達の前に"例外"が現れた。お前等【シルビー】だ」
「………………え?」
エゼキエルの大きな手がルミィールの顎を軽くすくい持ち上げると、二人の目が合った。
ルミィールはなんだか、とんでもない事を言われそうな予感がして妙に緊張した。
エゼキエルの射るような眼差しが少し怖い。
「分かっちまったからな。俺達は、家族を切り捨てる事が出来ても自分の【シルビー】を手放す事は出来ねぇって。それがどういう意味か、今のお前なら理解できるだろ?」
その眼差しだけでルミィールは身体が熱くなった。
言葉にされていないのに永遠の愛を告白されたような感覚になってしまい上手く言葉が出てこない。
「理屈じゃねぇ。初めて触れた瞬間から俺達はお前等に捕らえられた。手に入れちゃいけねぇもんを俺達は手に入れちまったんだよ。お前達は俺達の最大の弱点だ。そんで俺達の敵味方どっちにとっても厄介な存在だ。その中でも俺達が最も警戒しなきゃなんねぇのは【シルビー】の番なんだよ」
「…ラフェルは敵じゃねぇだろ?」
そう口にしたけれど、ルミィールはエゼキエルが何を言いたいのか分かっていた。
「もし万が一、セリファが原因でお前が殺されたら俺は恐らくセリファを殺す」
その言葉は間違いなくエゼキエルの本気の言葉だった。
そして、それは他の【シルビー】の番達も同じなのだ。
自分の【シルビー】が傷付けられた時、相手が誰であろうと彼等は報復する。その相手が友人や家族、誰かの【シルビー】であったとしても。
「俺は今、お前が俺の腕の中にいるから理性的でいられる。だがよ、もしお前が別の誰かに奪われたら国の誓約を破ってでもお前を取り返しに行くだろうな。それは、ラフェルもリューイも同じだ。いや、寧ろリューイは、かなりやべぇ。だから俺も本音を言えば、お前が他の【シルビー】に深入りすんのは止めさせてぇんだ」
「………それは、僕がアンタの側にいるって約束しても?アンタもラフェルと同じ事すんの?」
ここまで話を聞いていたルミィールは今まで意地を張っていた自分が急に馬鹿らしくなった。
どうして自分は目の前の男に何も伝えていないのだろう。自分の答えはもうとっくに出ていたのにと。
「何が言いてぇんだ?」
「…僕は【シルビー】で、その事実はどうあっても覆らない。それでも、この先あんたがルミィールという男を愛さなくても…僕は、ただのルミィールとしてエゼキエルを愛してる。そんでもって向ける気持ちの種類が違うだけで、セリファやラフェルに関しても同じことが言える」
いつからかエゼキエルを意識するようになったルミィールはエゼキエルに振り向いてもらいたくなった。
エゼキエルの【シルビー】としてではなく恋愛対象として。
しかしこれまで同性愛者ではないエゼキエルにそれを伝える勇気がなかった。
「僕はラフェルもセリファも気に入ってる。【シルビー】だとか自分と同じだからとか、そういうんじゃないんだよ」
しかし目の前の男は今どんな存在よりもルミィールを優先し、何があっても手放さないと言い切った。
それは下手な愛の告白より信用できるとルミィールは思えた。
「僕は【シルビー】だからここにいるんじゃない。アンタが好きだから身体を許した。アンタに僕を愛して欲しかったから」
その言葉にエゼキエルの瞳が揺らいだ。
エゼキエルの表情はルミィールが地下室に飛び込んで行った時と同じ動揺と悦びを混ぜたような複雑な色を帯びている。
「僕は大切な人を孤独にさせたりはしない。あんたも、ラフェルも間違ってる。あんた等のやり方じゃ誰も幸せになんてなれないぜ?」
エゼキエルは毅然と自分を見下ろす男を眩しげに見上げた。そして自分が望んでいたものはとっくに自分の手の中にあった事に、やっと気づけた。
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