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第66話【セリファの友人】

セリファからルミィールを遠ざけてニヶ月。 平和な日々が過ぎていた。  ラフェルもこのニヶ月の間で徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。  ルミィール達との一件以来セリファはその事についてラフェルに何も言ってこない。ラフェルの気持ちを尊重し、ルミィールやアルティニアと会う事なく屋敷で過ごしている。  街へ出掛ける際もラフェルか護衛リーディスと共に行動する。しかし、そろそろルミィールと会わせなければならないだろうと考えていた。  以前と違いラフェルとセリファは【シルビー】の印でしっかりと繋がっている。二人は魔力の揺らぎで、ある程度お互いの気持ちがなんとなく感じ取れている。  だからラフェルには分かっていた。  何も言わないセリファがルミィールと会えなくなって寂しがっていると。  最初はルミィールに少し嫉妬した。  自分さえいればいいではないかと思いもした。    ラフェルはセリファ以外の人間に興味を持ったことも執着したこともない。彼が友人と呼ぶ者は基本的にお互い利害が一致する有益な交友相手であり、突然繋がりが切れても痛みを伴わない程度の浅い関係だ。  そもそも弱みを見せられない貴族社会で大切な者がいるということは自分の弱点を増やす事を意味する。  しかしそれはラフェル達の常識であり平民のセリファ達の友人の定義は全く違う。  「ラフェル、いい加減機嫌直せよ。全部僕が悪かったって」  ルミィールが屋敷を訪ねて来るという知らせを受けラフェルはその日セリファを屋敷から遠ざけた。  セリファは護衛と共に外に出かけている。しかし、セリファは察していたに違いない。  現に出掛ける前に何か言いたげな表情を浮かべていた。 「ルミィール…。この件は、そんな単純な話じゃない。今回の事で【シルビー】が共に行動する事で起こる問題に改めて気付かされた。私達は外からの敵を警戒するあまりお互いの【シルビー】の存在を軽く考えていたんだろう」  本人達にそのつもりがなくとも自分の【シルビー】や番を守る為に相手の【シルビー】を巻き込む可能性がある。そうなった時、下手に仲を深めたゆえに関係が拗れ傷付くのは間違いなく自分達の愛する【シルビー】なのだ。  「つまり、僕が原因でセリファが危ない目に遭うかもしれないから、僕とセリファを引き離したいってこと?でもそれってさ、相手が僕でなくても同じじゃね?」  ルミィールの遠慮のない態度にラフェルは正直驚いた。  彼とは長い付き合いのラフェルも自分相手に、これ程の軽口を叩くルミィールは初めてだった。 「ラフェルやエゼキエルが言いたい事は分かってる。アンタらの力が本気でぶつかり合ったら、ただでは済まないだろうな。リューイ・ハイゼンバードも本気になったら僕等なんて片手で殺せるだろうし?この国の三強が本気出したら一体誰が生き残るんだろうな?」  下手したら王都が塵になる。  それでもルミィールは意見を変えるつもりはないのだと彼の態度から察した。  それは、今まで決して踏み込んで来なかったルミィールが、初めてラフェルの線を超えて来た瞬間でもあった。 「あんたさ、本気でセリファを愛してんの?」 「…………なんだと?」  その問いはあまりに唐突で思いがけないものだった。 「セリファは確かにあんたのこと愛してるよ。ここまで来るのにセリファも沢山悩んで葛藤してた。ただでさえ同性で身分違いっていう壁があんのに、セリファは自分に芽生えた気持ちを受け入れてあんたを愛すると決めた。それが僕達にとってどれ程のことかラフェルはちゃんと理解出来てるのかよ」  心外だとラフェルは憤った。  侮辱されているとしか思えない。  思わず耐え切れず握った拳から血管が浮き出る。  そもそもルミィールが短絡的に危険なエゼキエルを迎えに行ったりしなければこんな事態にはならなかった。  ルミィールはエゼキエルを疎ましく思っているのだから彼の発作が治るまで大人しくしていれば良かったのだと収まりかけていた感情が再燃した。  湧き上がる怒りをなんとか押さえ込み忌々しく思いながらルミィールの顔を見て、ラフェルはふと気が付いた。  そう、ルミィールは何故危険をおかしてまで、エゼキエルをわざわざ迎えに行ったのだろう?  ラフェルはルミィールと話をしている間、彼が怒りに任せ屋敷に乗り込んで来たのだと思っていた。一ヶ月もの間セリファに会わせようとしないラフェルに腹を立てているのだと。  しかし目の前に立つ青年は真剣な眼差しをラフェルに向けていた。その顔に怒りはない。 「………私は、本気でセリファを愛している」 「だったらもっとセリファを見てやれよ。セリファが望むことを知って叶えてやれ。セリファは僕と違って思ってても簡単に口にしない奴だから、一人にしたら壊れるぞ」  セリファが壊れる。  その言葉を聞いた時、ラフェルはずっと見つからなかったピースがハマった感覚がした。それでもラフェルは認めきれず悪あがきをした。 「セリファは一人じゃない。私がずっと側にいる」 「そうだな……それであんたはそうやってセリファを孤独にする。だってあんたはセリファを愛してても、セリファを理解出来ない。気付いてっか?お互い気持ちが伝わり合って両想いになったっていうのに、自分がしていることが以前と全く変わってないってこと」  ラフェルは当初セリファを家族にも会わせようとせずに隠そうとした、尚且つ外部との接触を恐れ進んで屋敷から出さなかった。そのくせ不安定になるとセリファを自分から遠ざけた。その時も今も、セリファはラフェルに従っている。  果たしてそこに、セリファの意志はあるのだろうか。  「なにかと戦うならセリファにも戦わせろよ。手の内を見せて選ばせてやれ。セリファが何を望むのか、あんたはもっと知るべきだ。そんなだから、いつまで経ってもセリファに本音を言わせることも出来ないんだろ」  反論しようと口を開けかけて、ラフェルは顔を顰めた。  何故ならラフェルも薄々感じていた。  セリファはいつも自分よりもラフェルを優先する。  再びラフェルが顔を上げた時、突然応接間の扉が開かれた。 「ラフェル様、失礼致します!」 「何事だ?」  執事のらしからぬ行動にラフェルはしばし反応が遅れた。そして執事の知らせを聞いて暫し思考が停止する。 「セリファさんが、実の父親だと名乗る男に連れ去られたようです」  「はぁああああ!?」  ルミィールの叫び声と同時にラフェルは立ち上がり屋敷を飛び出した。    

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