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第67話【セリファの父】

その日リーディスは自分の雇い主の【シルビー】と町に買い物に来ていた。  ラフェルの屋敷に来たばかり頃のセリファの印象は特質したところがない普通の平民の青年というものだった。  まともな教養を受けていない、字もまともに読み書き出来ない16歳の少年は、貴族の屋敷に連れてこられ最初は戸惑いを見せてはいたが、新しい生活に慣れようと努力してきた。少しでもラフェルの役に立てるようにと頑張っているのをリーディス達は知っている。  そしてセリファは時間が経つにつれ屋敷の者達に朗らかな笑顔をみせてくれるようになっていった。  屋敷の使用人達は皆そんなセリファを可愛がっている。  彼は人懐っこい性格ではないが、誰に対しても丁寧に接する子だった。言葉は拙かったが相手との会話を惜しむ事なく、自然と他人への気遣いが出来ている。  そして決して自分の立場に驕ることはない。  セリファはどちらかといえば内向的な性格だ。  辛い事や悲しい事があっても口にしない。    嬉しい事や楽しい事があっても余り表には出さない。  だからといって内気かと問われればそうでもない。 格上の貴族令嬢の前で堂々と言い返す度胸の持ち主だ。  自分が納得出来なければ相手がラフェルであろうと決して首を縦に振らない頑固な一面も持っている。   屋敷の者達はそんなセリファをいつも心配していた。  優先すべきは主人であるラフェルだが主人の望みの為にセリファが不幸になる事は望んでいなかった。  決して表には出さなかったが、その思いはリーディスも同じであった。  だからだろう。 「………………父さん?」 「セリファ。やっと会えた」  その男が目の前に現れた時、リーディスはすぐにセリファを連れて帰る事ができなかった。 *****  セリファは突然現れた父親に内心呆れていた。 気弱そうだが柔らかな笑顔を向ける父親の顔を見て相変わらずだなと溜息をつく。 「会いに来るのが遅くなってごめんな?本当はもっと早くに来なきゃ行けなかったんだが、動けるようになったのが最近でな……」  まるでずっと心配してたかのような態度だが実際はそうではないとセリファには分かっていた。   「父さん、連絡もなしに突然どうしたの?母さんは父さんがここにいる事知ってる?いくらおれの家族でも今俺は貴族の家の身内扱いだから、こういうの困るんだけど」  久々に再開したとは思えない淡白な息子の態度に彼は驚いた様子で目を見開いた。しかしセリファは気にする事なく言葉を続ける。 「体が良くなったなら仕事に復帰して母さん達を助けてあげて。ラフェル様が援助金を出してくれたけど家の弟妹が学舎に通うには、まだお金がかかる。そもそも、首都に来るお金はどうしたの?まさか、また借りたのか?」 「セ、セリファはそんな心配しなくていい。それよりも、今日はセリファについて話したいんだ」 「俺の?どういう事?」  父親は少し離れた場所で待機している護衛のリーディスをチラチラと盗み見ながらセリファにだけ聞こえる小さな声で囁いた。 「お前【シルビー】としての役目を果たしたらしいじゃないか。なら、もう実家に帰って来てもいいんじゃないか?」 「……何言って?」  思いもよらない言葉にセリファは眉を顰めた。  男の言っている意味がすぐには理解出来なかったのだ。 「どうやったかは知らないが、セリファが彼の体質を治したんだろう?だったら家に帰っておいで。もしその事で援助金の返還を求められても父さんがなんとかするから」 「………なにそれ。今更そんな事できるわけないだろ?そもそも俺はラフェル様の【シルビー】としてずっと側にいる約束を交わしてるんだ。俺はこのままずっとラフェルの側にいる」  ついセリファの口調が強くなったのは忘れかけていた以前の自分の生活を思い出したからだ。彼等は昔から心配する態度を見せる癖に一度もセリファの主張を受け入れたことがない。セリファはいつも我慢を強いられた。 「その誓約は無効にできる。セリファがここに来た時まだ未成年だっただろ?神殿の誓約条件は満たされていなかったんだ」 「母さんがサインしたから条件は満たされたよ」    セリファがラフェルに引き渡される事を母親のミュルレは了承し、誓約書にサインをした。保護者の許可と本人の許可が有れば誓約は受理されるのだ。しかし父のラグドナはとんでもない真実をここで暴露した。 「それは、血の繋がった実の母なら、だ。だが、ミュルレはお前の血の繋がった母親じゃないんだ」 「………………………………は?」  それを聞いた時、セリファは世界がまるで音を立てて崩れていく感覚に陥った。今まで、どんな不測の事態にもセリファはそこまで動じなかった「また厄介ごとか」と諦める事が出来たから。だが、今回だけは無理だった。 「セリファは赤ん坊だったから知らないが、お前は俺の前の妻との間に授かった子供だ。お前を産んだ母親は体が弱くて、お前を産んで一年でこの世を去った。だから、ミュルレのサインは受理されないんだ」  そして、納得した。  セリファは何故か自分が家族に心から愛されていると思えた事がない。あからさまに冷たくされたり、酷い仕打ちを受けたわけではなかったのにセリファはあの家でずっと孤独を感じていた。  セリファは元々察しのいい子供だった。  ゆえに無意識の内に自分だけが違う事を感じ取っていたのだろう。そしてセリファの父親は彼の父親とは思えぬほど計画性がなく物事に無頓着な楽観主義者だった。 「こんな事になるならセリファに母親の話をしておけばよかったよ。でもまぁ俺やミュルレからしたら大した問題じゃなかったもんだから……まさかそれが今になってこんな形で役立つとは思わなかった」  リーディスは全てを見ていた。    人の良さそうな父親が悪びれもなく笑顔を向けた先で、主人が大切に守って来た青年の心が心無い言葉で引き裂かれる瞬間を。

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