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第71話【マリアンヌ】
マリアンヌが夫マクベス・リンドールと出会ったのは、まだ十代の頃。王都の学院に在籍していた時だった。
彼女は当時王宮務めだった侯爵家の令嬢であり、エゼキエルの血族であるマゼンタの親類にあたる魔力の強い女性にも関わらず酷い魔力障害を起こした事がない珍しい女性だった。学院では有名で、その見た目の美しさも相まってマリアンヌは皆の憧れの的でもあった。
彼女は貴族の令嬢として厳しく躾けられており、元々の才もあって十代の頃には既に英才教育を終え完璧な淑女として振る舞えるまでになった。しかし、それはあくまで振る舞えるだけ、であった。
「そんな場所で何をしている?そろそろ降りてやらないと貴女の重さで木の枝も悲鳴をあげるぞ?」
「レディに向かって随分と失礼ね?それに私、小鳥の羽根程度の軽さでしてよ?」
明らかに自分を揶揄ってくるその男にマリアンヌはつい言い返した。
いつもは誰も近づけない高貴なオーラを放っているマリアンヌがこともあろうにドレスを着たまま木登りをし、木の上にいた子猫を助けようとして逃げられ、差し伸べた手を悔しそうに睨んでいる場面をマクベスに見られてしまったのだ。
「それはよかった。それならば貴女を受け止めても私が重みで潰れる心配はなさそうだ」
「なんですって!」
可笑しそうに両手を広げたマクベスを忌々しい男だと思ったのは一瞬だった。それならば受け止めてみるがいいと勢いをつけて飛び込んだマリアンヌを軽々と受け止めたマクベスに惹かれるのに、そう時間はかからなかった。
「本当だ。小鳥よりも軽いんだな」
マリアンヌは、この男が本気で欲しいと思った。
すぐに両親にリンドール家に婚約の申込み二人の婚約は問題なく進むと思われた。
そもそもマリアンヌはマクベスの結婚相手として申し分ない相手であり彼女の両親も公爵家も二人の婚約を望んでいたのだ。
マクベス・リンドール本人を除いて。
「何故ですの?この婚約には、なんの問題もありません。貴方は誰とも結婚なさらないと仰るけれど、リンドール家の嫡子ですわ。いずれは後継を作らなければなりません」
「分かっている。子供は、可哀想だが養子を迎える事になるだろう。私は愛する者を側に置くつもりはない」
マリアンヌはマクベス・リンドールを手に入れる為に手段を選ばなかった。正直この時は、結婚さえしてしまえばなんとでもなると思っていた。
「どんな扱いを受けても構いませんわ。私、それ程弱い女に見えまして?子供がお嫌いならば私、子供を望んだりしませんわ」
「・・・貴女が良くても私が嫌なんだ。愛する人と自分の子を望まない男がいると思うか?」
「分かりませんわ。一体、何が問題なのです!」
好意を隠さないマクベスはそれでも子供を作らないから結婚出来ないと言う。ならば子供を望まないといえばマクベスはそれは嫌だと言うのだ。
マリアンヌは意味が分からなかった。
「貴女と私の子が私と同じ【王家の礎】の資格を持って生まれたら、私は愛する我が子を手放さなければならない」
「貴族というのは、そもそも国の為に生きて死ぬものでは?そのぐらい心得ておりますわ」
【王家の礎】この役目をマリアンヌは軽く考えていた。
結果的にマリアンヌは半ば強引にマクベスと結婚した。
マクベスも彼女への想いを断ち切れず結局は拒みきれなかった。それでも愛し合っていた二人は暫くは問題なく幸せな生活を送る事が出来た。
しかしマリアンヌはやがて夫のマクベスが酷い魔力障害を患っており症状が酷い日は王宮の地下で苦しんでいた事を知る。
そして、その症状が王家との古の誓約によって悪化しているという事も同時に知ることになった。
「あなた!!マクベス!!」
「・・・・・・マ、リ・・・?」
一度マクベスは酷い魔力障害で魔力暴走を起こし死にかけた。そして、タイミングが悪い事にその時マリアンヌはお腹にラフェルを身籠もっていた。彼女はマクベスの中に抑えきれぬ程の魔力の渦を感じとり決心した。
"子を産み、その子にマクベスの誓約を移す"
古の誓約の存在を知ってからマリアンヌはずっと調べていた。どうやったらこの呪いのような魔力を消す事が出来るのか。
一つは独自の方法で魔力障害を克服出来るハイゼンバードの秘術。しかし、それらは王家でさえ手が出せない力であり、下手に手を出せば逆に危なかった。ならば、方法はもう一つ。
"そして、必ず我が子の【シルビー】を見つける"
マリアンヌの執念は現実となった。
その代償に失うものがあったとしても
彼女は自分の選択を後悔はしていない。
「あがぁあああああ!!マ、マリアンヌざま"ぁ"!!」
魔力暴走のあまりの苦痛に隣にいた令嬢ディアが絶叫する。その手を取りマリアンヌは彼女の身体に植え込まれた魔原に意識を集中させた。
「ディア!!落ち着いて、その魔力を私に流しなさい!」
「駄目だ、マリアンヌ様!!貴女のお腹にはーーー」
マクベスが彼女に涙を見せたのはたったの一度。ラフェルを産みマクベスを国の誓約から解放したマリアンヌはラフェル以外の子供を諦めた。彼女が何かを諦めたのもその一度きり。
「マリアンヌさま、貴女に彼女の暴走は止められません。それに、私がラフェル様の【シルビー】を与えたら、私のお願いも聞いて下さると約束しましたよね?」
嵐のような魔力の渦の中、令嬢のメイドと名乗る女だけは平然と立っている。マリアンヌはこの女が危険だと気付いた上で利用していた。自分の願いを叶える為に。
「その見返りに貴女が何しても目を瞑ってあげたでしょう?けれどその関係もここで終わり。貴女まさか、私の身内に手を出して無事にいられなんて考えていないわよね?」
「いいのですか?無理をなさると折角宿った小さなお命が消えてしまいますよ?」
悲壮な表情で自分を見上げるディアをマリアンヌは強く抱き締める。そして彼女に笑って見せた。
そして正面に立っていたセリファにも、いつもと変わらぬ微笑みを向ける。まるで二人を安心させる様に。
「もしそうなったなら、それはただこの子が弱かったということ。貴女のような小娘に心配される謂れはない」
窮地に追い込まれてもなお、マリアンヌは取り乱す事なく、その姿は気高く美しかった。ディアに纏わりついた魔力を隠し持っていた魔道具で無理矢理引き剥がし彼女をソファーへ突き飛ばしマリアンヌは目を閉じた。
(ごめんなさいねマクベス。でもね愛する息子に殺されるのなら私、本望よ)
そこで彼女意識は落ちた。
そしてマリアンヌの身体は、その主導権を奪い取られた。
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