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第73話【不吉な女】

セリファが拐われ、それを聞いたラフェルが屋敷を飛び出した後、ルミィールも直ぐに動いていた。  実はこの日、ラフェルの屋敷の訪問にエゼキエルも同行していたのだ。ただ、ラフェルと二人で話をしたかったルミィールはエゼキエルを馬車に無理矢理待たせていた。 「おい!今、窓から飛び出してったのはラフェルか?一体何が起こった?」  異変を感じたエゼキエルが屋敷から飛び出して来たルミィールから事情を知り直ぐに神殿と王宮に使者を飛ばした時にはラフェルの行方も分からなくなっていた。  しかし、ルミィールは慌てなかった。 「エゼキエル!今すぐ僕を抱えてラフェルを追って!」  その姿は親に抱っこを強請る駄々っ子そのものであったが、緊急事態なのでルミィールは恥を投げ捨てた。 「はぁああああ!?何言ってやがる!お前は連れて行かねぇぞ」  両手を広げ無茶振りをする恋人にエゼキエルは内心抱っこを強請られて悪い気はしなかったが顔を顰めた。  当然ルミィールは引き下がらなかった。 「ラフェルは僕の商品を使ってる。その中に僕なら痕跡を追える類の物が混じってるんだよ!今ならまだ追いつける、エゼキエル!!」  その強い眼差しにエゼキエルの身体は粟だった。  まるで自分がその言葉をずっと待ち望んでいたような感覚さえした。 「僕と一緒に来て。僕に、エゼキエルの力を貸して!」 「本当に、俺をこき使えんのは国王かお前ぐらいだぜ」  恐れを知らない恋人を抱えルミィールに導かれるままエゼキエルは猛スピードで走り出した。  二人がラフェルを見つけたのは、そのすぐ後だった。  彼はその時、何故か足を止め建物の上に立っていた。  「いた!おい、ラフェル!!」  二人が彼に駆け寄ると彼は無反応にボンヤリと胸を押さえていた。ルミィールとエゼキエルは今までにないラフェルの様子に思わずお互い顔を見合わせる。 「ど、どうした?セリファは見つかったのか?」  セリファの名を出すと、やっとラフェルが反応を示しルミィール達を振り返った。そして、少し間を置いて頷いた。 「場所はわかった。だが、思った以上に事態がややこしいようだ。エゼキエル、セリファを拐わせた首謀者が魔原の増殖の元凶のようだぞ」 「「はぁ!?」」  何故セリファの誘拐に南東部の事件が関係しているのか全く見当がつかない二人は首を捻るしかない。 「しかも、どうやら私の母も今回の事件と関係がありそうだ。私が身に付けていた魔力の制御装置の中に魔力を吸い込み魔原を育てる類の物が混じっていた」  信じられない報告にエゼキエルもルミィールも絶句する。そんなもの身に付けて本当に魔原が生まれてしまえば無事ではいられないだろう。  エゼキエルはラフェルから手渡されたピアスを見て眉間に皺を寄せた。 「お前の母親はコイツの危険性は理解しているだろ。つまりお前を殺すつもりならともかく、そうでなけりゃ誰かに騙されてコイツをお前に贈ってたってこったな。で、セリファ達はどこにいんだよ?」 「・・・ジュベネール伯爵が昔愛人に与えた屋敷がある。セリファ達は恐らくそこにいる」  これまた想定外の伯爵家の名の登場にルミィール達は更に頭を痛めた。思っていた以上に大きな騒ぎになりそうな予感である。 「【シルビー】の能力で私は今すぐセリファのもとに飛ぶ。エゼキエル、魔原を処理する間、主犯の女を任せても構わないか?」  「断る理由が見当たらねぇな?その女には俺も聞きてぇー事が山程あんだよ」   そして今、エゼキエルとルミィールは騒ぎの元凶であるラナという女と睨み合っている。  メイドの姿をしたその女は発現させる予定の魔原の暴走を止め自分を捕らえに来たラフェルやエゼキエル達を目の前にしても全く動揺していなかった。寧ろ楽しげに微笑んでいる。 「アンタの目的は何?まさか。セリファを使って何かをさせようとしたわけ?」  彼女の目的がラフェルなのか、魔原を暴走させるのにセリファが必要だったのかがまだ分かっていない。彼女を操っている者が他にいるのならば、彼女を捕らえてもまた同じ事が起こる可能性があった。 「あら。貴方まだエゼキエル様と番っていないのですね?そんな無防備な状態でうっかり命を落としてしまったら、貴方も魔原の核にされてしまいますよ?」  女の言葉にルミィールが眉を動かす。  この状況をまるで楽しんでいるかのようにラナは笑っている。その様子がルミィールには理解出来なかった。    その刹那、彼女が前に手をかざし何もなかった空間に無数の刃が現れた。  動いたのはエゼキエルの方が早かった。  光の刃がルミィールの身体を貫く寸前、エゼキエルがそれらを弾きルミィールを抱え込む。怒りで眼の色を変えたエゼキエルが魔法を打ち返すと、それはラナに当たることなく全て消え去った。  ルミィールは息を呑み、エゼキエルは想定外の強敵に舌打ちした。 「テメェ・・・何者だ・・・」 「少し予定が狂いましたが第一関門は突破したようですので今回はそれで満足します。セリファ様達はお忙しそうですので、お二人から宜しくお伝え下さい」  不吉に微笑むラナの足元が突然発光した。  エゼキエルが追撃しようとするのをルミィールは反射的に止める。恐らく無駄な気がしたのだ。 「そんな顔なされなくとも、あなたがルミィールを守り切れば、またいずれお会いする事になるでしょう。それまではどうかお元気で」    ラナと名乗る女が姿を消すのと、ラフェル達を覆っていた光の壁が崩れるのは、ほぼ同時だった。  その場に残されたのは荒らされた部屋と意識のない女性二人、そして自分達だった。  ルミィールは難しい顔で女がいた場所を睨むエゼキエルを複雑な気持ちで見上げたのだった。

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