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第74話【ラフェルの気付き】
柔らかな日差しと小鳥の鳴き声でラフェルは目を覚ました。自分の腕の中には穏やかに寝息を立てている青年の寝顔がある。ラフェルはそっと彼の額に口付けた。
セリファが拐われた日から数日が経ち二人の生活は最近やっと平穏を取り戻した。
あの後、意識の戻らないマリアンヌとディア、そして他の部屋で動けなくなっていたセリファの父を救出し戻って来たラフェル達を迎えたのは恐ろしい形相のマクベスと王宮騎士だった。身構えるラフェルの前に庇う様にエゼキエルが出たのは予想外だった。
「よう!マクベス卿、いいタイミングのお出ましだ。【シルビー】は無事救出したが、どうもそれだけで済む話じゃねぇみてぇでな?」
結果的に【シルビー】の関係者であり第三者であるエゼキエルが間に入った事により事態は拗れる事なく処理された。
ラナに騙されセリファを連れ戻そうとしたラグドナは今回の事件を口外しない事を条件に解放された。彼にはラフェルの監視がちゃんとついているので、再び同じ事が起こる心配は今のところはないだろう。
問題はラナを雇っていたジュベネール家とそのラナと繋がっていたマリアンヌの処遇である。伯爵令嬢のディアは長い期間侍女のラナに洗脳されており魔力を何度も暴走させていた影響で記憶があやふやな状態であった。当主であるジュベネール伯爵とマクベスは今回の件を王家や神殿に口外しないという条件で、とりあえずはお互い話を収めた。
意識を取り戻したマリアンヌから彼女がした全ての話を聞き、ラフェル達は王族や神官は信用に値しないと結論付けたのだ。
「ラフェルすまないが。マリアンヌと二人にしてくれないか。彼女と二人だけで話がしたい」
父親のあれ程憔悴した姿をラフェルは初めて見た。
本来ならふざけるなと怒りを露わにしてもおかしくはない立場であったがラフェルは落ち着いていた。
「ラフェル、ルミィールやエゼキエル様にお礼を言いに行きたいし、また今度事情を聞きに来よう。マクベス様あまりマリアンヌ様を怒らないで下さい」
「ああ、ありがとうセリファ。ラフェルを頼む」
そもそも未成年であるセリファをラフェルの【シルビー】を大神官が連れてきた時から違和感はあった。
母マリアンヌからラフェルの【シルビー】が見つかったと聞いた時も、それを母が知らされていた事にも疑問を感じてはいたが、この頃ラフェル自身魔力が不安定で余裕もなかったので深く追求しなかったし、この時まさか自分の【シルビー】が未成年の青年だとは思っていなかった為ラフェルはその話を受け入れた。それが誰かの企みによって巧妙に仕組まれた出会いなどとは考えもせずに。
そう考えるとエゼキエルやリューイの【シルビー】が突然見つかった原因もラナという女が裏で手を回した可能性があった。
何故そんな事をする必要があったのか、その理由はラナを逃してしまった今は謎のままだが。
「私のせいでセリファの人生を大きく変えてしまったかもな」
もし、マリアンヌがラナと手を組まなければセリファはラフェルと出会わなかったかもしれない。魔原の残滓は自分の番と添い遂げる事が出来なかった【シルビー】の果たされなかった魂の塊だった。運命の相手に出会わなかった彼等は魔原の中に存在しなかった。それを考えると【シルビー】とって人間の生を終え消える事は不幸せではないのかもしれない。
そんなラフェルの思いを一掃したのは、やはり彼の【シルビー】だった。
「うん、俺ラフェルと出会って変わった。それに前より強くなった気がする」
何故か少し得意気に胸を張るセリファに、ラフェルは拍子抜けした。父親の件もあり落ち込んでいてもおかしくない彼は、ラフェルが考えている以上にメンタルが強かった。
「・・・セリファは怒らないんだな。セリファが一番被害を受けているというのに」
家族から受けた扱いに対してもマリアンヌやラフェルの都合で【シルビー】を押し付けられた事にもセリファは腹を立てなかった。ただ、淡々と話を纏めて納得していただけだ。そんなセリファにつられるように、ラフェルもこの問題を冷静に処理できた。
「怒らないよ。俺、前も言ったじゃん。自分で決めてここに来たって」
そういえばそうだったとラフェルはボンヤリと思う。
ずっとそれは大人になりたいと望むセリファの強がりだと思い込んでいた。
「それに俺、いま凄く・・・毎日が充実してるんだ。ラフェルに感謝してるし、ここに来てから、すごく、楽しい、し・・・」
恥ずかしそうに顔を伏せるセリファが不思議でラフェルは思わず顔を覗き込んだ。恐らく言葉にするのが恥ずかしいのか珍しくモジモジしている。ラフェルは抱き締めたいのをなんとか我慢した。
「ラフェルのこと、すごく・・・好きになったから・・・後悔なんて、しない」
その瞳の強さにラフェルは息を飲んだ。
そしてルミィールの言葉の真意をやっとちゃんと理解した。
『セリファは自分に芽生えた気持ちを受け入れてあんたを愛すると決めた。それが僕達にとってどれ程のことかラフェルはちゃんと理解出来てるのかよ』
覚悟がないのはセリファではなくラフェルだった。
そして恐らくラフェルよりもセリファの方がずっと強い人間なのだ。
(私は愚かだな。セリファを守っているつもりで守られていたのは私だったなんて)
凍り付いた彼の心はセリファが側にいる事でゆっくりと溶かされ始めた。それに気付いたラフェルは少しずつその事実を受け止め変わり続けている。
「ん、ラフェル?・・・おはよう、もう朝?」
眠そうに少し目を開いたセリファの頭を愛おし気に撫でラフェルはその幸せを噛みしめた。そしてまだセリファは知らないその言葉を彼に贈る。
「おはよう。私の・・・愛しのシルビー」
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