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第二章 リューイとアルティニア 第1話【アルティニアの番】
王都マリエンタには貴族だけが住うことを許される区間がある。さらに貴族の位により国から与えられる土地の広さや場所も異なっていた。
少し前まで貴族の中で伯爵家の息子でありながら下級貴族と同等の扱いを受けていたアルティニア・メイデンは未だに見慣れる事がない広大な庭園を見やり、小さな溜息を吐いた。
(セリファはあの後、大丈夫だっただろうか。ラフェル様は【シルビー】を大切になさっていると聞いているから無体な真似はしないと思いたいが・・・)
現在アルティニアは軽い軟禁状態に陥っている。
ルミィールとエゼキエルの一件の後、リューイは護衛なしにアルティニアが外に出る事を良しとしなかった。
アルティニアは元王宮騎士である。
正直剣術だけであればリューイの屋敷の護衛よりも強い。護衛など必要ないのだ。要するに護衛というのはアルティニアを監視するという意味だと彼は受け取った。
正直、監視されてまで外に出る理由がアルティニアにはなかった。必要な物は屋敷の人間に伝えれば全て用意してもらえるし、見張られてまで会いたいと思える友人もいなかった。そもそも彼がリューイの【シルビー】だと知れた事で付き合いのあった仲間達は彼と距離を置くようになったのだ。
そして、アルティニアには会いたいと思う家族もいない。必然的にアルティニアは屋敷に引き篭もるようになった。
そんな中でもやるべき事はあり、最近は養子先の領地運営の勉強をしつつ貴族の教養も学び、空いた時間で日課の鍛錬に勤しんでいる。さらにもう一つ増えた日課があった。
「やあ、毎回私に時間を合わせてもらってすまないね。さ、そこに座って」
「・・・失礼します」
これまで殆どと言っていいほど姿を見せなかったこの屋敷の主人リューイ・ハイゼンバード。アルティニアの番が彼を待ち構えていた。
待ち人に勧められてアルティニアは向かい側に腰を下ろし、作業の一環として左手を差し出した。その手にリューイの意外にも大きな掌が重ねられる。
もう何度も行なっているこの行為だがアルティニアは未だに慣れることがない。
「今日はいつもより多めに魔力を流す予定だから気分が悪くなったら遠慮なく言うように」
「はい」
初めてリューイと魔力交差した時アルティニアは何も感じなかった。自分の中に他人の魔力が入って来るのを感じたが、特に不快だとは思わなかった。だが気持ちが良いとも思わなかった。
本来魔力交差は相性が良い者同士で行うと、とても気持ちいいものだとアルティニアは聞いている。それもあってこの魔力交差の行為については正直彼は消極的であった。
アルティニアに罰を与える意図があるにせよ何も感じないのであればこの行為には意味がないのではないかと思い始めていたからだ。
「そうそう。明日ルミィール達が君に会いに訪ねてくるから予定は入れないでくれるかな」
「え!?いいのですか?」
悶々と考えていたアルティニアは思わぬ事を告げられつい声を上げてしまった。それを見たリューイが堪らず笑い声をあげる。
「ックッハハ!心配していた問題が一つ片付いてね?まだ警戒は必要だけど、私達の目が届く範囲なら他の【シルビー】に会っても構わない。・・・それにしても君達、短時間で随分と仲良くなったものだね?」
揶揄われてアルティニアの顔が熱くなる。
そんなつもりはなかったのだが、アルティニアも自分が考えていた以上にセリファとルミィールに気を許していたのだと初めて自覚した。同じ立場の仲間がいるという事実がアルティニアの救いであった事は確かだった。
「でも、前みたいに他の【シルビー】と危険な場所に勝手に乗り込んではいけないよ?何かあったら行動する前に真っ先に私に知らせるんだ。いいね?」
その柔らかな口調にアルティニアは直ぐに返事が返せなかった。彼はずっと自分はリューイから罰を受けていると思っていた。しかし今までの指示全てが実はアルティニアの身を案じていただけだとしたら?そう考えてしまったからだ。
「・・・はい。リューイ様の足を引っ張らぬよう、重々と・・・」
なんとかいつもの様に返事を返そうとして、アルティニアは失敗する。リューイがアルティニアの手をとり、あろうことか手の甲に唇を押し当てたのだ。
その瞬間、何も感じた事がなかったアルティニアの身体に予期せず甘い痺れが駆け抜けた。
「ーーーーーーっぁ!」
抑えきれずビクンッと痙攣を起こしたアルティニアは内心とても焦った。しかしリューイはそれに気が付かなかったのかその手を握ったまま、いつもの悪戯好きのする顔のまま彼の言葉を訂正した。
「私は、なによりも君の身を案じているんだよ?何度も言うが君はもう少し自分が私の【シルビー】だという自覚を持った方がいい」
研究室では見た事もないリューイの笑みは男のアルティニアも見惚れてしまうほど美しかった。彼がその事実を知ったのはつい最近、こうやって向かい合ってからだ。
だからだ、とアルティニアは自分に言い聞かせた。
(し、心臓に悪い。これは、揶揄われているんだろうか・・・)
自分よりも何もかもが優れているこの男がアルティニアを大切に思っている。それを彼は素直に受け入れる事が出来ないでいた。
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