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第2話【ルミィールのお節介】
ある昼下がり、滅多に人が訪れる事などない王宮のリューイの研究室に招かざる客人が現れた。
「おや?お久しぶりだねルミィール。どうやってエゼキエルを説得したんだい?」
「お久しぶりリューイ様!僕がお得意様に会うのにエゼキエルの許可なんて必要ないぜ?あ、これ、お土産。僕が作った香油」
騒ぎを起こした張本人にではなく、背後に控えていたエゼキエルにリューイは笑顔を向けた。エゼキエルはその意図を理解していたが無視し仏頂面のまま手をパタパタさせている。そんなエゼキエルのものとは思えない反応に内心驚きつつリューイは取り敢えずルミィールの土産を受け取った。
「以前教えてもらったリューイ様の魔力に合わせて作ってみたんだ。問題はないと思うけど香りが気に入らなかったら無理に使うのはやめて捨ててくれ」
「いや、有り難く使わせてもらうよ。ルミィールの香油は貴族の間では人気だけどもはや簡単には手に入りずらい貴重品だからね?」
やんわりとエゼキエルへ嫌味を挟みつつリューイは仕方なく彼等に座る様促した。勿論ルミィールの要件は予想がついている。
「それで?問題を起こした本人が私にどんなご用件かな?」
「それなんだけどさ?アルティニアの顔が見たいから会わせてくれない?僕が思うにリューイ様もそろそろ困ってるんだろ?」
満面の笑顔で確信を持って言い放ったルミィールにリューイは思わず舌打ちしたくなった。初めて話した時からリューイはこのエゼキエルの【シルビー】を警戒している。
まだリューイ以外気付いていないがルミィールという存在は周りに何かしらの強い影響力を持っていると彼は考えている。
そして、その勘はあながち間違っていないとリューイは確信し始めていた。
「うーん?それは、どういうことかな?」
「エゼキエル、少し外に出ててくんない?僕、リューイ様と大事な話があるから」
「馬鹿いうな。そんな危険な奴と二人きりにできるか」
本来なら自分の【シルビー】を警戒している相手と二人きりにするなど絶対に許さないと思うのだが、ルミィールは当然の様にエゼキエルの腕を引き、なぜか呆れた顔でエゼキエルを部屋から追い払った。
「はいはい。だから部屋の外で待ってろって。何かあったら直ぐ呼ぶから。それに、アルティニアだってプライベートのことをアンタに知られたくないだろ?デリカシーを持てよ」
「お前が言うかそれ?おい!リューイ!!俺の【シルビー】に変な気起こすんじゃねぇぞ!」
まるで夫婦漫才のようなやり取りを目の前で見せられて、リューイは少しだけ気を削がれた。余りこの青年とアルティニアを関わらせたくはなかったが、遠ざけることが悪手になる事も薄々感じていたので複雑なのである。
エゼキエルが不満ながら言う事を聞き部屋を出て行ったのを見送ってリューイはルミィールに視線を戻した。
「ごめんごめん。それで、率直に聞くけどアルティニア最近元気ないんじゃないの?で、魔力交差も全く上手くいってないんだろ?」
やはり全部バレている。
【シルビー】には恐らく【シルビー】同士にしか知り得ない能力が恐らくあるのだろう。リューイは誤魔化すのを諦め効率を重視する事にした。
「君に隠し事は出来ないみたいだね?それで、君をアルティニアに会わせる代わりに君はこの事態を改善する方法を私に教えてくれるのかな?」
「・・・う〜ん。面白いぐらい予想通りの返答なんだな、アンタら貴族って奴等は・・・」
リューイの何かが気に入らなかったのかルミィールはここで初めて不快感をリューイに向けて来た。
リューイは意図を測りかね、とにかくルミィールの話を聞く事にした。
「本当言うとさ僕、アルティニアとリューイ様の仲が上手くいってもいかなくても、どっちでもいいと思ってたんだよね。このまま黙って傍観してればアンタ達の仲は進展しないけど、リューイ様はエゼキエルと違って魔力障害で困ってないし、その結果リューイ様がアルティニアを神殿に奪われる事になったとしても自業自得だし?」
遠慮のないルミィールの物言いにリューイは笑顔を深めた。別にルミィールの態度に腹を立てたわけではない。
その話の中に聞き流せない類のものがいくつかあったからだ。
「アルティニアは正式に私の【シルビー】になったのだけれど?神殿が【シルビー】を取り上げるのは相手の番が【シルビー】に危害を加えた場合のはず。私が彼を神殿に奪われる理由が見当たらないね?」
しかし、ルミィールの返答はリューイの想定していたものとは違った。
「違うぜ?それはあくまで神殿が【シルビー】を強制的に取り上げられる条件であって【シルビー】本人が番を解消したいと言えば相手がなんと言おうとその関係は精算されるんだ。知らなかった?」
【シルビー】に拒否されたらそれで終わりだと告げられたリューイは内心かなり狼狽えた。そこまで【シルビー】の意思が強制力を持っていたとは考えていなかったのだ。そんな彼に構わずルミィールは話を続ける。
「これは今のところ神官以外にはセリファと僕しか知らないから驚くのも無理ないけどな。でも、最初に決定権は【シルビー】にあるって説明されただろ?もしこの先アルティニアが追い詰められて神殿に駆け込んだらアンタは自分の【シルビー】を失う事になる。それでもいいなら僕はこれ以上リューイ様に口は出さない」
リューイは忌々しく思うと同時に不思議とルミィールを不快だとは思わなかった。この青年とアルティニアが関わるならそれなりのリスクが生まれる可能性もあるが、それと同時に彼はリューイの救世主にもなりえるのだ。
「今度、私の屋敷に遊びにおいで。それで?私は君の来訪を彼に伝えればいいのかな?」
「いやいや、アンタの仕事は【シルビー】を満足させてやる事だろ?これはそのうちのほんの一部。もっとアルティニアが喜ぶ事を探して精々尽くしてやるんだな!」
【シルビー】に愛を与える。
それは至極当然で初歩的な知識であった。
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