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第11話【求めるもの】

「あれ?アルティニアもしかして僕の香油使った?」  開口一番そう声をかけて来た小さな客人にアルティニアは正直気が滅入った。いつも明け透けな青年ではあるのだが、今日はその事に触れないで欲しかった。  現在アルティニアは酷い罪悪感に苛まれている最中なのだ。取り乱しそうになるのを必死の精神力で堪えながらアルティニアはなんとか返事を返した。 「…………………よく気付きましたね?」 「そりゃ魔力を含んだ特別製だからな?しかも、リューイ様専用だぜ?そりゃ気付くだろ」  バレている。  自分よりも年下の、しかし【シルビー】としては師匠のルミィール相手に誤魔化し切れる自信がないアルティニアは早々に隠すことを断念した。 「それで?無理矢理なんかされた…って雰囲気でもないけど……なに落ちてんの?」 「………数日前、魔力交差の副作用を身をもって知りました。それをリューイ様に気付かれてしまったみたいで……」 「ああ〜成る程ぉ。まぁ魔力交差で生じた性欲は番とじゃないと解消出来ないからなぁ?一々気にしない方がいいぞ?」  前もってルミィール達から魔力交差をした後に生じる弊害について聞いていたが、聞いた当初は自分がリューイと魔力交差をするとは思えず、すっかり頭から抜けていたアルティニアはリューイとの魔力交差が上手くいった日から堪え難い衝動を必死に抑え込んでいたのだ。  「………あれは、本当に相手としないと、駄目なんですね」  しかし耐え切れなかった。  アルティニアは自分の性欲がどちらかといえば強い事を自覚している。なんとか目を盗んで一人で処理しようと試みたがどうにも出来ずリューイにキスされた事で箍が外れてしまったのだ。 「性欲は入れ替わった相手の魔力が馴染むまで我慢出来れば治るみたいだぜ?過去にそっち方面が鈍い【シルビー】もいたみたいだしな。因みに俺は制御出来たけど我慢しなかったぜ?数日間も溜めとくなんて身体に毒だろ?」  いっそ清々しいほどに悪びれなく言い切ったルミィールにアルティニアはなんだか救われた。そもそも必要がないのに魔力交差をすると言い出したのはリューイなのだからこの前の行為の責任をアルティニアが感じる必要はないのだろう。  リューイからキスを乞われ欲望のまま自分から誘ってしまった形になった事で罪悪感に苛まれていたアルティニアは、なんとか自分の精神を立て直そうと頑張った。 「もしかして、その様子だと嫌じゃなかったとか?それで戸惑ってんの?」 「………初めての感覚で、確かに、とても戸惑ってます」  そう、嫌ではなかったのだ。  寧ろアルティニアは満たされた。  リューイが触れる全ての場所が気持ち良くて抗い難く、なによりリューイから放たれた魔力がアルティニアを支配するような感覚が堪らなくアルティニアの情欲を刺激した。  ただ同時に、満たされたのと同じくらいの虚しさも感じている。 「その事に関してはあまり気に病むなよ?生理現象みたいなもんだからな。本気で嫌なら魔力交差をしないって選択肢もあるんだからさ?」  そう言われてアルティニアは曖昧に相槌を返したが痛いところを突かれ心臓が強く跳ねた気がした。 「アルティニア身体の調子はどうだい?あれから何度か魔力交差をしてるけど、辛くはないかい?」  あの日からリューイは魔力交差をする度キスを望むようになった。それをアルティニアは毎回拒む事なく受け入れている。 それが、自分の義務であるかのように。  そうして欲求が急速に溜まる事を言い訳にリューイに後処理をさせているのだ。 「……申し訳ありません。自分でするので、その間身体に触れてもいいですか?」 「アルティニア、自分でするよりも私がした方が気持ちいいと知っているだろう?どうせなら一緒に気持ちよくなろう」  一度快楽を知ってしまえば手放すのは困難だ。  特にアルティニアのように愛に飢えている者であれば尚更だ。  アルティニアは名家ハイゼンバードの家名を手に入れ、いまや自分を疎んだ叔父よりも上の立場だ。養父のメロウから遺産を継げば死ぬまで何不自由なく暮らして行ける。しかしアルティニアはそれでは満足出来なかった。  (私は、おかしくなってしまったのだろうか?)  アルティニアには幼い頃の記憶がない。  本当の両親と過ごした全ての記憶が事故によって失われてしまった。彼は誰かに愛された経験がなかった。  そんなアルティニアが【シルビー】という無償の愛を向けられるべき存在だと言われた。そして初めて優しく触れられた彼は自分でも驚く程欲張りになっている。  コトッとリューイが何かを机に置く音がする。  その音にアルティニアの身体は敏感に反応した。    「……リューイ様が、面倒でなければ……」  女性がされるように自分が誰かに尽くされる日が来るなんて想像した事すらなかった。それは想像する以上に気持ちが良いのだ。しかし、アルティニアはそれを望んでいる自分をまだ受け入れられていなかった。 「私が君に触れることを面倒に思うと?アルティニアはおかしな事を言うなぁ……君が気持ちいいと私も気持ちいいこと忘れてるのかい?さぁ、一緒に気持ちよくなろう」  そう言いつつ今日もリューイはアルティニアを求めない。ただアルティニアの熱を発散させるだけだ。 「………っはぁっも、もぅィッ……っ!」  アルティニアは無自覚に求めている。  この行為がここで終わりではない事を彼は知っているのだ。  (この人は、いつ………)  ラフェルの屋敷でラフェルが自分の【シルビー】に深い愛をぶつけていたのを知っている。アルティニアはそれを思い出し身体を震わせた。  (私を…【シルビー】を欲しがるんだろう)  自分の秘められた欲求を彼は受け入れられないでいる。

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