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第12話【互いの利害】

「やっと余に顔を見せに来たか。それで其方の気はおさまったのか?」  グルタニア王国を収める現国王マナク・アグドニ・グルタニアードは自分の臣下でありながら全く王に従う意志をみせないその男の姿を久々に目にしていた。 「陛下におきましてはお変わりないようで安心致しました。余りに頻度の高い謁見要請に陛下の身に何か起きたのではと心配しておりましたので。周りが多少ゴタついておりますが私自身特に問題はございません」  王は知っている。目の前の男がこんな笑顔を向ける時が一番危険なのだという事を。  控えている官吏や騎士達の緊張が伝わってくる。  この国で数々の名医を輩出して来たハイゼンバード本家の嫡男。最高峰の医療研究者であり医療魔術を極めつくした男。ハイゼンバード前当主はこの男を敢えて【怪物】と呼んだ。  そこには王族である国王への皮肉も込められている。  王族はハイゼンバード家と古の誓約を交わしている。  それは、数千年という時を重ねた今も続いているが決して王家とハイゼンバードの関係が良好というわけではなかった。王族はこの誓約が足枷になりハイゼンバードの力を思うように使う事が出来ない。ハイゼンバードは決して忠実な王族の臣下とはいえず、新しい魔法や医術を王族に開示しない。王族は大きな疫病や厄災が発生しなければその技術を手に入れる事が出来ないのだ。  新薬が欲しいから作れと命令したところでハイゼンバードは動かない。  王の命に背く事は本来ならば大罪だがハイゼンバードを罰する事は許されないのだ。  それが古の誓約。  ハイゼンバードは"王族"ではなく"グルタニア国"を生かす為に存在している。  過去ハイゼンバードの技術を我が物にしようと企んだ者達は皆、立場など関係なく凄惨な末路を辿り、人知れずこの国の記録から消されていった。後を引き継ぐ者達が余計な欲や野心を抱かぬように。 「リューイ・ハイゼンバード、不服があるのなら今申せ。許可する」  王の言葉に謁見の場の空気が更に悪くなる。  しかし今王が彼を止めるには、この方法以外の選択肢が残されていなかった。 「では、僭越ながら我が王にお伺いしたい」 「申してみよ」  予測はしていた。  話も聞いていた。  散々悩み、出した結論でもあった。  しかしグルタニア王は、やはり後悔した。 「私の【シルビー】は何故、王の"命令"で私の下へ?【シルビー】は自らの意思で運命の相手と番うと定られておりますが、私の記憶違いでしょうか?」  王宮騎士アルティニア・メイデンがリューイ・ハイゼンバードの【シルビー】だと知り彼をリューイの下へ行かせたのは間違いなく王だった。  王は右手を挙げ、その場にいた者達に部屋から出るよう命令し彼等は渋面の表情のまま足取り重く部屋を出て行く。それを見届けた王は抑揚のない声で質問を投げ返した。 「其方は、アルティニアが其方の【シルビー】では不服なのか?」 「それは私の質問の答えになっておりませんね」  否と応えないリューイに王は自分の選択が決して間違いでもなかったと確信する。アルティニアをリューイの下へ行かせたのは王にしてみれば賭けだった。  「マジュラード伯爵がアルティニアの秘密を最初に明かした相手は、余ではない」  その一言でリューイは王のこれまでの全ての行動の意図を知り警戒をやっと緩める様子をみせた。 「だが、それが|誰《・》|で《・》|あ《・》|る《・》|か《・》を其方は知る必要はない。アルティニアがそちらに手渡された時点で余はこの問題が解決したとみなした」 「………王の寛大なご配慮に感謝致します。陛下の裁量に口を挟み余計なご心労をおかけした事をどうかお許しください」  「そうだな、余は心身共に疲弊しておる。余が心配と申すのなら目に見えぬ誠意ではなく形にしてくれまいか。今にも倒れそうだ」  これは事実である。  ここ最近事件が立て続けに起こり王は気が気ではない。勿論その事件の中にリューイとアルティニアの問題もしっかり含まれている。 「喜んで。では不調に効く栄養剤と痛み止めを纏めて明日までにご用意致します」  過去最高に物分かりのいい臣下の様子に王はやっと安堵の息を吐いたのであった。 「あの異端者め……王が手を下せないのをいい事に調子に乗りおって」 「大臣、そのような事口になさってはなりません。誰かの耳に入りでもしたら……」  古の誓約を結ぶ五家を疎んでいる者は多い。  しかし、安易に手を出せば自分達の未来がないと理解している彼等が出来る事は影から陰口を叩くことぐらいだ。 「……しかも希少な【シルビー】までもが、あの男のものになるなどと。アルティニア・メイデン。彼が【シルビー】であると、もっと早くに知れていれば……」 「いけません、それ以上は口になさらないで。貴方はこれから必要な方、つまらぬことでその身を危険に晒さないで下さい」  王宮はリューイ・ハイゼンバードにしてみれば魔の巣窟である。彼等はいつもリューイを引き摺り下すチャンスを狙っている。   「アルティニアに手を出してはなりませんよ?今日の様子から彼は公爵様にとっても大事にされているのでしょう」    「………しかし、奴は魔力交差を必要としないのでは?」  そして、王に仕える忠実な臣下達にとっても安全とは言えなかった。  「つまりそれは、利用価値以上の何かをアルティニアから見出したということでしょう」  闇は容易く彼等を飲み込んでしまうのだ。

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