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第13話【新しい義父】

ほぼ軟禁状態に近いアルティニアが唯一なんの制限もなくリューイの屋敷から出られる日がある。 「最近は頻繁にやって来るね。あの子の癇癪が治まってきた証拠かな?」 突然見つかった甥の【シルビー】を自分の息子に迎える事になったメロウ・ハイゼンバードは穏やかに笑いながら読んでいた本を閉じた。明らかにこの状況を面白がっている。彼に引き取られた時からこんな調子で揶揄われているのでアルティニアも最近は慣れてしまった。 「メロウ様のご体調をリューイ様もよくご存知ですので、そこまで制限はされないかと」  メロウがアルティニアを引き取ったのにはいくつか理由がある。    ハイゼンバードの一族は一般貴族とは違い横の繋がりをそれ程必要としない。一族独自の経営のみで成り立っているからだ。  彼等の主な収入源は医療技術や薬品の他にハイゼンバード達が所有している領地で採れる特殊な作物。それはハイゼンバード一族にしか栽培出来ず、オマケにその利益を国に治める義務がない。その代わりハイゼンバードの領地で飢饉や疫病が発生しても国から支援を受けることが出来ないのだ。  その特殊な取り決めは王族とハイゼンバードの間で交わされた誓約が大きく影響している。  それら全てを守る為、外の人間を一族に取り込む場合はいくつかの条件をクリアしなければならない。  アルティニアに求められたのは、実家との血縁関係を断つこと。仕事をするのならばハイゼンバードの領地内で行うこと。そしてその内容を外部に漏らさないというものだった。決してアルティニア自ら望んだものではなかったが、この条件を彼は満たす事が出来た。メロウがアルティニアを引き取る事で全ての問題をクリアしたのである。  メロウはハイゼンバード一族が管理する内の一つを任されているが元々体が弱く、それ程重要な領地を管理していなかった。そして伴侶もいないので跡継ぎもいない。今代の一族はリューイを筆頭に皆優秀で、誰が後々メロウの領地を管理するのかという話は度々上がっていた。そこに現れたのが扱いに困る部外者のアルティニアだ。正直彼との養子縁組はメロウにとっても都合が良かった。  そんな話をメロウに嬉々として聞かされたアルティニアが複雑な気持ちになったのは言うまでもない。  だが自分の居場所を作ってくれたメロウやリューイに感謝もしている。【シルビー】という曖昧な立場だけでリューイの側にいるのは居心地が悪かっただろう。 「君は元々領地運営を学んでいるし、僕が教えた事もすぐ覚えてしまった。後は経験を重ねて行くしかないから僕が教えられる事はそれほど多くないな。さ、そんな所に立ってないで座ってお茶でも飲もうじゃないか」 「失礼致します」  自分の新しい養父は親族であった叔父のマジュラードとは違い物腰は柔らかく穏やかな上かなり茶目っ気がある人物だが決して甘い人物ではないというのがアルティニアの印象だ。油断出来ない人物であるがアルティニアは前の養父よりもメロウに親しみを感じていた。  何故なら今までアルティニアが知らされてきたハイゼンバードのイメージとメロウは正直真逆なのだ。そしてそれはリューイもそうだった。彼等は決してアルティニアを見下すような態度をみせなかった。寧ろメイデン家で過ごしていた頃、受けた扱いの方が酷かった。 「領地の視察には誰かに付き添ってもらった方がいいでしょうか?」 「私が行ければよかったのだけれど。私の代わりに補佐のジェラードに付き添ってもらう予定です」  ジェラードとは身体の弱いメロウの代わりに彼を補佐して来た女性である。初めてメロウの屋敷に訪れた際、一度だけ挨拶を交わした事があるが、それっきりメロウの屋敷で顔を合わせる事はなかった。 「分かりました。では私もリューイ様にその旨をお伝えしておきます」 「ふむ?あの子は領地内の君の行動にまで制限をかけているのかな?」  そう問われると正直困ってしまう。  何故ならアルティニアにもどこまでの自由が許されているのか分からないのだ。 「……いえ、護衛を伴うのであれば問題ないかと思うのですが。どこまで報告が必要になるのかが私にも分からないので」  「マゼンタの一件であの子も随分と荒れたからね。まぁ君は【シルビー】なのだからもっと我儘を言っても許されると思うが、その様子だと難しいのだろうね」  アルティニアは【シルビー】としてリューイに何かを要求した事はない。しかし何も言わなくとも彼はアルティニアの望んでいるものを与えてくれているのではと思う。  だが、アルティニアは困惑している。  逆にリューイがアルティニアに何を望んでいるかが未だに掴めないからだ。  【シルビー】を愛する、という条件が満たされるのは果たしてどこまでの事を指しているのだろう。  魔力交差でお互いを癒す行為なのか、親愛の感情を抱く程の信頼関係を築くまでなのか。もしくはラフェルやセリファたちのように性別や身分の壁を越え心も身体も深く繋がる関係にならなければ意味がないのか。  もしそうだとしたら、その役割を成すことは不可能だとアルティニアは考えている。  (もし、あの方と身体を繋げる事があっても、心までは思い通りにならないだろう)    頭ではそう思っているのにリューイを前にすると心に霧がかかったような、もしくは消化不良に陥る感覚がして、それも頭を悩ます種になっていた。  考え込んでしまったアルティニアを見てメロウは可笑そうに笑う。メロウのこの表情は引き取られてからよく見るものだ。アルティニアには何がそれほど面白いのか分からない。 「君は生真面目な上、少し頭が固いようだから悩み事も多いのだろうけど余り深く考え込まないことだね。時間は沢山ある。焦る必要はないのだから」 「はい。もっと周りに注意を払えるよう気を付けます」  その言葉はメロウからの心からの助言であったが、やはりアルティニアには正しく届いていないようだった。

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