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第14話【リューイとセリファ】

 グルタニア王国に聳え立つ大神殿【ラフター神殿】は王都マリエンタの一番南の端に立っている。  本来神殿は人が住う場所にではなく神聖な土地に建てられるものであるが【ラフター神殿】は特殊な事情がありこの場所に存在していた。  神官以外でその理由を知るのは【妖精族】になったセリファとその番のラフェル二人しかいない。  この世界に生きる全ての魂の浄化と新たな命を送り出す場所。そして【シルビー】の魂が己の番を待つ場所、それが【ラフター神殿】である。  セリファは、本日その【ラフター神殿】を訪れていた。  少し前、セリファが連れ去られたと知った大神官はラグドナが自分の元へ訪れていた事実を黙っていたことについて深く謝罪した。大神官が要らぬ心配をかけぬよう気を遣かったのを察していたセリファは正直大神官に憤りを感じる事はなかった。  ただ、今回の誘拐事件で神殿に不信感を抱いたセリファ達は神殿と距離を置くようにしている。それでも表面上なんでもないように振る舞い大神官であるゼグセリオンとは定期的に面会し差し障りのない近況を知らせている。  セリファはたった今その面会を終え神殿を出たところだった。   「おや?こんな所で会うとは奇遇だねぇ?」  突然横から話しかけられ護衛のリーディスが一歩前に出たのをセリファが手を上げて制止する。声をかけて来た相手を視界に入れたセリファは、このことを後で知るラフェルの反応を考え内心溜息をついた。偶然を装っているが恐らく彼はセリファが出てくるのを待っていたのだろう。   「お久しぶりです、神殿に来られたのですか?」 「そうだね、神殿に少し用があったんだけれど……ここで会ったのも何かの縁だ。少し私とお喋りでもしないかい?」  セリファを引き止めた男は重苦しそうなマントを纏い、伸ばされた髪を適当に纏めただらしない状態にも関わらず隠しきれない美貌と色気を放出しながらそこに立っていた。最近までアルティニアを軟禁していたリューイ・ハイゼンバードである。  リューイとは彼がアルティニアを迎えに来た日以来会っていなかった。番のラフェルやリューイ達の事情を深く知らないセリファが興味本位で関わるにはリスクの高い相手である。 「はい。俺で宜しければ」  だからといって簡単に無視できる相手でもない。  セリファは勧められるまま神殿側に設置されているベンチに腰掛けた。 「君は神殿にはよく来るのかな?」 「そうですね神官様が俺を気にかけてくれて、お茶に誘ってくれるので」 「へぇ?よくラフェルが許してるねぇ〜。それとも正式に番が成立すると私も知り得ない大きな変化が起こるのかな?」  彼の問いかけにセリファは曖昧な笑みを返した。  リューイは自分の【シルビー】を進化させることが出来ていない。今の段階で【シルビー】の秘密を教えていいものかセリファには判断がつかなかった。    「俺の意志を尊重してくれてます。ラフェルが許せる範囲で」 「………そう。君は思っていた以上に図太そうだ。ルミィールもそうだけど、君達【シルビー】は、やはり人とはどこか違うのかもね」  彼の言葉はセリファやルミィールに対する牽制のようなにも聞こえたが、セリファは言葉通りの意味で捉え、返事を返した。 「そうですね、俺はそれを実感してます。でもアルティニアさんは、まだその違いは分からないと思います」 「そうだねぇ。彼は今のところ、一般の成人男性にしか見えない。まぁ君やルミィールに色々ご教授賜って【シルビー】に関しては勉強中ってところかな?」  顔は笑っているのに言葉の棘がある。  セリファやルミィールがアルティニアに余計な知識を与えるのを快く思っていない事を匂わせている感じがする。    以前のセリファならば恐怖で固まっていたかもしれないが、今はリューイを恐ろしいとは思わなかった。セリファの目には偽りの笑顔を浮かべる彼の周りに光の粒が輝いているのが見えている。  それはリューイが善良と呼べなくとも決して邪悪な存在ではないという確かな証拠だった。  「・・・リューイ様も俺に何か聞きたい事があるんですか?その【シルビー】に関して」    「私が尋ねたら答えてくれるのかい?」  以前何度もルミィールから貴族はどいつもこいつも回りくどくて面倒だと聞かされていたが、セリファはそのルミィールの気持ちがやっと理解出来た気がした。  会話の駆け引きは貴族の彼等にとっては当たり前なのかもしれないが、平民育ちのセリファには親しみがない。  明け透けに言えば面倒なのである。  セリファは少しだけ考えて腰を上げた。 「それは、俺には判断でき兼ねます。もうラフェルが帰って来ると思いますので、ここで失礼します」  平然と自分よりも先に立ち上がりリューイを見下ろしたセリファに驚いたのか先程まで微笑みながら冷たい目を向けていた相手は不思議な物を見る様な顔で見上げて、その後吹き出した。 「ハハハッ!公式な場で私よりも先に席を立てるのは王族か君達【シルビー】ぐらいだよ?本当に他人事であれば面白可笑しく見物できたんだけれどね」 「………。」 「また魔力関連でなにか知りたい事が出来たら、いつでも私を訪ねておいで。ただし、ラフェル抜きでね」  それにも曖昧に笑うだけに止めたセリファはそのままその場を後にした。

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