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第15話【ラフェルのため息】
「………ただいま、ラフェル」
「お帰り。リューイに会ったようだが、大丈夫か?」
リィーデイスの魔術信号を受けたラフェルはセリファに身につけさせている魔導具の映像でリューイ・ハイゼンバードがセリファに接触した事を確認し直ぐ配下達にセリファを迎えに行かせた。内心では自ら駆けつけたかったのだが王宮にいたのでなんとか自制した。そして今屋敷に戻るタイミングに合わせセリファを出迎えている。
屋敷前で迎えられたセリファは苦笑いしつつ頷いた。セリファはラフェルが平気ではない事を見抜いているのだろう。周りからは見えぬように、そっとラフェルの手にセリファの手が触れる。
「大丈夫だよ。少し対処に困ったけど、話をしただけで無理に引き止められたりはしなかった」
「そうか、リーディスもご苦労だった。また何かあれば知らせてくれ」
「畏まりました。失礼致します」
頭を下げるリーディスに頷きラフェルは足早に部屋に向かう。手を握られた状態なのでセリファもそのままラフェルに従いついて行った。ふと、セリファが思い出したように話しかける。
「そういえば、リーディスを解雇せずにまた俺の護衛に付けてくれて、ありがとう」
嬉しそうに笑うセリファに今度はラフェルが苦笑いを浮かべる。本来のラフェルであればセリファを危険な目に合わせた時点でリーディスを解雇するか、セリファの護衛を外したのだが、セリファがそれを望んでいないと知りそのまま護衛につける事にしたのだ。
「事情を知っている者を側に置いた方が安心だからな。セリファ、隣においで」
部屋に入りソファーに並んで腰掛けるとラフェルはセリファを抱き寄せた。セリファが恥ずかしがるので昼間はなるべく触れすぎないように気を付けているが、今は我慢が出来そうもない。セリファも黙ってラフェルのしたいようにさせている。
「……ごめんラフェル心配かけて。あの人多分、俺達の様子を探りたかったのかも」
「私から何も引き出せないから焦れているのかも知れない元々ハイゼンバードとは関わりがなかったからな。普段公の場に姿を見せない男が突然俺達の前に現れたと思えば【シルビー】の出現だ。他人に全く関心がない男も自分の【シルビー】相手にはやはり変わらざる得ないらしい」
ラフェルにとってハイゼンバードは極力関わり合いたくない一族である。
リンドール家と同じように王族と【古の誓約】を結ぶ一族だが、その内容はラフェル達とは異なるものだ。
ラフェルとエゼキエルは自身の魔力をこの国の柱に捧げている。そしてラフェルは魔力の研究を、エゼキエルは武力でもってグルタニア王国を支えていた。
それに比べハイゼンバードが動くのは王家が手に負えない大規模な疫病や災害が起こった時のみ。彼等はこの国に住みながらグルタニア国の人間とは呼べない存在であった。
独立国家とも呼べる存在。にも関わらず【古の誓約】の縛りがあり下手に手出し出来ない。王家を守護する者達からすれば非常に面倒で厄介で面白くない存在なのだ。
ただ、ラフェル達からすればそんなハイゼンバード一族の存在が都合がいい面もあった。
他の貴族や王族の目を自分達から反らせる事が出来たからだ。
【古の誓約】者はグルタニア国になくてはならない存在であるが故どの貴族よりも優遇される。誓約を結んでいる一族から一番優秀な人間を一人捧げればその一族は能力がなくとも同じように優遇されるのだ。当然誓約を結んでいない者達が快く思うわけがない。
しかし、リンドールやマゼンタは表面的には王家に忠義を果たしているので意を唱える者がそれ程多くはない。 またフォリンタの一族も王族との血縁者が多い為、敵が少なかった。
そうなれば非難しやすいハイゼンバードに憎悪の目が集まるのは必然である。
そして王族も他の【古の誓約】者達もそれを分かっていて放置している。ハイゼンバードを庇い立てても自分達が得るものなど何もなかったからだ。それはハイゼンバードも同じで今まではお互い不可侵でいる事で関係を保ってきていた。
【シルビー】が現れるまでは。
「う〜ん。少し変わってるけど。リューイ様も普通の貴族に見えるんだけどな……確かにアルティニアさんが関わるとピリピリしてる。少し前のラフェルと同じだよね」
「……それが解せない。リューイ・ハイゼンバードは魔力障害に悩まされてはいない筈だ。希少な【シルビー】を手元に置いておきたいというだけなら理解できるが、どうもそうじゃない。だが人嫌いなあの男が初めて会った人間にあれ程執着するのはどう考えても不自然だ」
「……確かに、女性なら一目惚れしました、で済んだかもしれないけど、アルティニアさんは同性だしハイゼンバードと敵対してる王宮騎士だったから接点もほぼなかったんじゃないかな。最初はアルティニアさんを疎んでるのかと思ったけど迎えに来た様子だと寧ろ凄く大事にしてるみたいだった。エゼキエル様の件があってからは会わせてくれなかったし、俺達と同じなんじゃない?」
ラフェルもそう考えている。
しかし、俄に信じがたい。
そして、リューイがアルティニアに本気ならばラフェル達は高確率で彼等の騒動に巻き込まれる可能性がある。
「………ラフェル?どうしたの?」
リューイ・ハイゼンバードには一族以外の味方はいない。それはアルティニアの味方もいないという事だ。だから彼は自分の【シルビー】が見つかった時、真っ先にラフェル達のところにやって来たのだ。
(………最初から私やエゼキエルのシルビーを味方にするつもりだったか……。あるいは他に手がなかったか。どちらにせよ今更セリファ達に見て見ぬ振りをしろと言っても無理だろうな)
ラフェル自身気付いていないが母親の事件以来、彼は少しずつ変わり初めている。以前ならどんな手を使っても切り捨てただろう問題をなんとかしようと考えているのだ。
自分とセリファの窮地になんの見返りも求めず駆けつけてくれた者がいた事を彼は知っていたから。
「ルミィールに今日の事を話してもいいか?」
「うん、こっちに来る予定だからルミィールに言っておく」
彼は何度目かの深いため息を吐いた。
事態が掴めていないセリファを胸に抱きながらラフェルはハイゼンバードの家系図を記憶の中の引き出しから渋々引っ張り出した。
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