91 / 102
第18話【リューイの覚悟③】
トン、トン、トン、トン……
規則的に机を叩く音が静かな室内に響いている。ふいに音が止み、黙って話を聞いていたルミィールが口を開いた。
「……話を聞く限り、二人は恐らく神殿も予期しない特殊な事例になると思う」
「そうだろうね。私達は一族の生態を外に漏らす事はなかった。それに歴史上ハイゼンバードが【シルビー】の番に選ばれた例はないからね」
「それをいったら俺やラフェルも異例だろ。まぁハイゼンバードほど純血に近い奴は残ってねぇだろがな」
どれほど【シルビー】を求めても番の印をその身と魂に刻まれていなければ彼等を手に入れる事は叶わない。つまり大神官が認めている以上アルティニアがリューイの【シルビー】である事は間違いない。そして話を聞く限りリューイが偽りを語っているとルミィールは思えなかった。
「これは神殿側しか知らない事実だけど【シルビー】は他の人間と同じように母体の腹から産まれても親の血を引き継がない。流れる血は人間とは少し違うんだってさ。【シルビー】の魂と人間の身体が合わさって半端な生命体として生み出される、それが【シルビー】って存在なんだ。…その、【竜の番】って【シルビー】と違って竜人の血筋同士じゃないと番えないんだよな?」
「【竜の番】だから当然そうだね。つまり、私の勘違いだと?」
ルミィールはそれには答えず首を振った。
彼は【竜の番】がどんなものであるか詳しく知らないのだ。その答えは持っていない。
「アルティニアの血筋に竜人がいたとしても【シルビー】として生まれたアルティニアに竜の血は流れていない。でも、リューイ様はアルティニアが竜の番だと気付いた。じゃあリューイ様はどうやってそれが分かった?番の判別はどうするんだ?」
ルミィールの質問にリューイは束の間思考を巡らせ、すぐに答えを出した。エゼキエルもルミィールも同じような予測をした。
「恐らくアルティニアが持っている"魔力"。肉体の性質は変わっても魔力は引き継がれるのでは?地上人は精霊から魔力を与えられたと伝えられているが竜はその身に魔力を保持していた。種類や特性は違うが、その魔力を受け継いだまま【シルビー】として生まれたと考えられないかい?」
「うわぁ〜……あり得そうじゃね?僕も魔力は親譲りだって言われて来たし……【シルビー】みたいに触れなくてもアルティニアに一目見て惹かれたってのも、それなら納得出来る……。魔力は直接身体に触れなくても感知できるものだしね。もしかしてリューイ様がアルティニアに拒絶されたと思ったのも当時アルティニアの魔力の反発を受けたから?」
当時の事を思い出し無意識にリューイの眉間が寄せられた。アレは反発なんて生易しいものではなかったとリューイは思う。あの時アルティニアは間違いなくリューイそのものを拒絶した。直接的ではなかったがアルティニアはリューイが魔力を込めた物によって両親を失い自らも死にかけている。竜人は番同士の魔力の匂いを忘れる事はないらしい。記憶を失くしたアルティニアが姿を見せたリューイを全身で拒絶したのがその証拠に思えた。
「私は一度アルティニアに見放された【竜の番】だ。番に捨てられるというのは本来取り返しがつかない事なんだよ。だから私は今までアルティニアに関わらなかった。私が近づけばアルティニアに自覚がなくとも嫌悪感を抱いたり拒絶反応を起こして体に異常をきたしたりするだろうからね」
「………え?あれ?じゃあもしかして?」
リューイがラフェルの代わりに遠征に赴き帰還したあの日、確かアルティニアは珍しく体調を崩した。リューイの態度が何やら刺々しくなったのもその辺りからだ。
「それが、分からないんだよ。あの時は確かに私に対しての拒絶反応だと思っていた。けれど私は今、問題なくアルティニアに触れる事ができている。その理由を私は知りたいんだ。まぁ十中八九【シルビー】である事が関係しているのだろうけれど」
「……わかんねぇな。お前は俺達みたいに魔力障害を起こさねぇんだろ?だったら今まで通りアルティニアと適切に距離を置いて生活すりゃ問題ねぇだろ?現にアルティニアはお前の伯父の養子になった。無理して自分の側に置く理由あるか?」
エゼキエルの横槍に反応したのはリューイではなくルミィールだった。ルミィールは残念なモノを見る目を自らの番に向けた。その目は冷たい。エゼキエルはルミィールの豹変に顔を引き攣らせた。
「な、なんだその目は!」
「それが出来ねぇーからこの状況なんだろ?そもそも一番の原因がエゼキエルだって分かってんの?アンタがセリファにちょっかい出してラフェルが城を破壊した時、関係者以外にもラフェルが【シルビー】を手に入れた事が広まっただろ?僕もあの事件の後ラフェルが【シルビー】を見つけた事知ったからな。メイデン伯爵が動き出したのもそれを知ったからだ」
捲し立てるように責められエゼキエルは目が点になった。その様子からエゼキエルが自分は無関係と思っていたのは明らかだった。そんなエゼキエルの態度がルミィールを苛立たせた。
「あと、ちゃんと話聞いてた?この人の父親も他の一族達もアルティニアのこと実験動物程度にしか見てねぇの。オマケに【シルビー】として王族にも神殿にも見張られてる状態のアルティニアを遠ざけたら引き離されてリューイ様が手出し出来なくなるだろ!だけど側に置くにも【竜の番】の悪影響が出る可能性があるから安易に近づけないんだよ。リューイ様は、自分の都合じゃなく、アルティニアの安全を確実に確保する為に動いてんの!!あと俺達【シルビー】は魔力障害を癒す為だけに存在するんじゃねぇからな!ボケ!!少しは他人の心情を察しろ!ラフェルもアンタも色々鈍すぎる!!」
明らかにリューイがアルティニアに一途な想いを寄せていると察せる内容であるにも関わらず、エゼキエルから出た検討外れな言葉はリューイではなくルミィールの怒りに触れた。そして、リューイが怒るのも無理はないと納得した。
因みに当事者であるリューイは、何故かエゼキエルと同じ様にどこか呆然とエゼキエルに説教するルミィールを眺めていた。
ともだちにシェアしよう!