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第27話【迷惑な訪問者①】

 リューイが王女と対面していた時間、アルティニアは雨が窓を叩く音を聞きながら屋敷に帰る準備を済ませリューイが戻って来るのを待っていた。 「……雨が酷くなって来たな」  アルティニアは今後の生活に思いを馳せ少し浮き足立っていた。この数日間で自分が勘違いではなくリューイから好意を寄せられていると確認できたのが大きい理由だろう。最初の頃、他人に興味がないリューイが自分を側に置くのは自分が【シルビー】で物珍しいからだと思っていた。しかしリューイと過ごしたこの数日間で自分が想像以上にリューイに愛されている事を知ったアルティニアの心は喜びで満たされつつある。  (リューイ様が……本当に私に心を寄せてくれているのであれば……あ、あの人と、私は、そのうち……)  つい以前偶然聞いてしまったセリファ達の情事を思い出し自分達もいずれそうなるよではと思えば動悸が治らない。 (〜〜〜〜っいいんだろうか……私がリューイ様と一線を超えて……こ、恋仲に……い、いや違うのか?私達の関係についてあの人が口にした事はないからな)  初めて会った時はリューイに夢中になる自分の姿など想像すらしなかった。それがいまは少し離れるだけで会いたいと思ってしまう。ただ側にいるだけではなく自分にだけに向けられる優しい瞳に見つめられたい。あのスラリと長い指で肌を撫でて欲しい。服の下に隙間なく残されたリューイの痕跡は新しいものばかりなのに、リューイの事を考えれば衝動的に「噛まれたい」と思ってしまう。いやアルティニアはもうそれだけでは足りないのだ。  (……こんなにもあの人が欲しいと思うのは私が彼の【シルビー】だからなんだろうか?)  アルティニアは今初めて自分がリューイの【シルビー】だった事に感謝した。もしそうでなければアルティニアはリューイとまともに話す事さえ出来ずに一生を終えていただろう。自分が【シルビー】である限りリューイに捨てられる事はない。皮肉にもその知識がこれまで全てを諦めてきたアルティニアの自信になった。  (リューイ様、そろそろ戻って来くると思うんだが……)  そわそわしながら時刻を知らせる魔道具を確認していると研究室のドアが叩かれた。アルティニアは勢いよく立ち上がり、慌てて表情を引き締めドアに駆け寄り鍵を開ける。 「リューイさ…………」  待ち人を出迎えようとドアを開けながらアルティニアは自分が浮かれる余り注意散漫になっていたと気が付いた。 「…………お初にお目にかかります。貴方様はリューイ・ハイゼンバード様の【シルビー】アルティニア様でお間違いないでしょうか?」  研究室のドアの入り口に立っていたのは待ちわびていたリューイではなくアルティニアの知らない男が二人。しかし一人は白の布地に金の刺繍や細工の入った正服で何者なのかが直ぐに分かった。だが、もう一人青いマントを着た男は全く予想がつかない。アルティニアはそのまま部屋から出ると研究室のドアを閉め姿勢を正した。  部屋の中に入られるよりも外に出た方が安全だと判断したからだ。 「はい、私に何かご用でしょうか?」  アルティニアは騎士団を退いた後、これまで一人で王宮に来た事はなかった。リューイの【シルビー】になった直後はラフェルの屋敷に預けられていたし、その後もハイゼンバードの領土から出る事はなく外出したとしてもセリファやルミィールに会うため貴族街にコッソリ訪ねて行った程度だった。その後はエゼキエルの魔力暴走の件で屋敷に閉じ込められていたので彼は全く社交場へ出ていない。元々上位貴族との繋がりが少なかったこともあって顔を見てもどこの貴族なのか直ぐに判断出来ない。こんな風にアルティニアに接触して来た人物は今回が初めてだった。 「我が主人の命にてアルティニア様を迎えに参りました。王宮騎士であった貴方が【シルビー】だった事で強制的に王宮から出され屈辱的なお立場に追いやられた事は聞き及んでおります。今からでも遅くはない。私達がお助け致します。ここから抜け出しましょう」  真剣な男の言葉にアルティニアは唖然とした。    全く事情を知らない人間からみれば確かに、この男の言う通りアルティニアは王家やハイゼンバードの都合に振り回され尊厳を踏み躙られた哀れな騎士なのだろう。だが現状アルティニアは自分がリューイの【シルビー】であることを喜び望んでいるのだ。正直無関係な人間に自分達のことをとやかく言われたくない。 「………………なにか、勘違いされているようですが私は自分の立場に満足しています。リューイ様は色々と噂の絶えない方ですが、だからといってその全てを鵜呑みにされるのは早計かと。今のお話は聞かなかった事にします。貴方の仕える方にもそうお伝え下さい」  まさか断られるとは思わなかったのか、それともアルティニアの強い意思が伝わったのかアルティニアを助けようとしていたであろう男は困惑の表情を浮かべている。その横で黙って二人の見ていた男が口を開いた。 「…………まどろっこしい。もういい、お前は下がれ」  騎士に気を取られている隙を狙って、同行していた男の手がアルティニアに伸ばされる。咄嗟に避けようとして背中が壁にぶつかり逃げ道がないと気付いたアルティニアは舌打ちした。 「おい待て!お前一体何のつもりで……」  二人の目的はどうやら同じでなかったようだが騎士は困惑しつつも逃げ道を塞いだ状態のまま動かない。逃げられそうもないと悟ったアルティニアが穏便に事態を収めるのを諦め伸ばされた手を払い攻撃に備えて体を捻ろうとした、その時。  普段なら絶対にリューイの研究室になど近寄ることがない人物に声をかけられた。 「おいおい?こんなしけた場所でなんか騒いでんなと思えば、王太子の犬っころと我儘王子の使いっぱじゃねーか。なに遊んでんだコラ」 「…………!?マゼンタ軍師団長こそ、何故こんな場所に?」  思いがけない人物の登場にアルティニアは拳を構えた状態で静止する。そんなアルティニアにエゼキエルは覚えのある顔でニヤリと笑った。騎士だった頃に何度も見た不敵な笑みだ。 「そりゃ俺の【シルビー】がコイツと仲がいいからな。俺がこいつを迎えに来てもおかしくねぇだろ?なぁ、アルティニアよぉ?」 「……………………そう、ですね?」  そんなこと今まで一度もした事ないですよね?というアルティニアの反論はエゼキエルの無言の圧によって相殺された。

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