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第11話 側室は後宮に別れを告げる

 ふと目を覚まし、穏やかなまどろみを楽しむ。俺の胸にぴったり張り付いた陛下の寝顔が愛しかった。  俺の方が先に目覚めるなんて珍しいな。  だから、陛下の黒髪をそっと梳きながら撫でる贅沢を楽しむ。  寝顔が無防備でかわいい……  美しい黒髪は昨夜の激しい情事を示すように乱れ、俺たちの体には汗と精液の匂いがまとわりついている。思いが通じ合った夜、俺の体は狂ったように快感を拾い乱れ狂ってしまった。 「失礼いたします。陛下、レオシュ様、お目覚めでしょうか」  扉の向こうから侍従の声がした。——俺が目覚めたから声をかけたんだろうな。 「しばし待て。陛下、おはようございます。朝でございますよ」 「ん……まだ、こうしていたい」 「おや、起きていらしたんですか?」 「——もっと撫でてくれ」 「ふふふっ! いつでも撫でて差し上げますから。昨日はいろいろありましたから、きっと大事な用件ですよ」 「はぁ……仕方ない」  諦めたように体を起こした陛下に続き、俺も起きようとしたのだが—— 「あれ?」  体を起こしたつもりだ。だが、実際には体がピクッとしただけで力が入らなかった。 「クククッ!! あれだけ愛し合った後で平気で動かれたら、俺の力量不足と落ち込むぞ?」 「ど、どうしましょう……ここは陛下のお部屋ですし!」 「ここで休んでいれば良い。王配として認められたし、どれだけ俺たちが睦み合っているのか王宮にいる連中も思い知るだろう」  ニヤニヤと楽しそうに陛下は笑うが、俺としては閨を想像されるのは気恥ずかしい。 「動けるようになったら、後宮へ戻ります……」 「こちらへ越す準備も済んでいるか?」 「いつでも参れますが、本当によろしいので?」 「昨日、勝利後国民に宣言するつもりだったが、予定外の事態があったのでな」  ほんの少し拗ねた口調に、陛下がその日をいかに楽しみにしていたのかがわかった。  コンコンッ!!  ノックが響き、待たせていたのだ、と思い出した。 「陛下、レオシュ様。入室してもよろしいでしょうか? 陛下の謁見の時間が迫っております」 「ふぅ、仕方ない。レオの体を拭く楽しみは次にとっておこう」 「なっ、何を……陛下がなさることでは……」 「おまえの中から俺の子種が溢れる様を、存分に見物したいのでな。だが、もう時間だ。——入室を許可する」  陛下の許可で、侍従と女官か雪崩れ込み、陛下のお体を拭き身支度をすると、あっという間に一国の王の装いだ。 「レオ、ゆっくり休め」 「はい」  陛下の背中を見送ると、今度は見慣れた俺付きのリリアンたちがやってきた。 「レオシュ様、失礼いたします。昨日は見事な優勝おめでとうございます。それと、王配になられる正式な決定がされたとお聞きました。重ねてお祝い申し上げます」  皆が口々に祝福してくれて、これまで俺の世話をしてくれた彼女たちに心から感謝をした。 「リリアン、みんな……ありがとう」 「さぁ、ではお体を清めましょう」 「うっ……今日は、自分で……」  はっきり言って、これまでで一番激しい夜だった。体は軋むし、後孔にはいまだに陛下がいるような気さえする。    なにより、必死で締めているが中から溢れてきているアレを見られるのは恥ずかしい!! なぜ急にこんな気持ちが戻ってきたんだ?! まるで初夜の後じゃないか!! 「レオシュ様。お言葉ですが、どう見てもご自身で処理できるようには見えませんよ? お任せください」  リリアンはほほ笑み、しかし決して引かないぞ、という意思をにじませた。  この女官(ヒト)は、最初からこうだった。義務ではなく俺を心から心配してくれている。——逆らえないな。 「——では、頼む」  枕で顔を隠し、諦めて全てを彼女たちに委ねる俺だった。 ◇  後宮の自室に戻り、陛下のお召しがあればいつでもあちらへ向かえるように支度は済んでいた。だが、最後に会わねばならない人たちがいた。 「「レオシュ様、お招きありがとうございます」」  後宮に来て最初で最後になる俺主催の茶会を開き、カサンドラ様、ジュリア様を招いていた。 「闘技大会での勇姿は拝見させていただきました。お見事でしたね」 「胸がドキドキいたしましたわ」  カサンドラ様が婉然とほほ笑み、ジュリア様は愛らしく胸元で手をギュッと握って興奮を伝えてくる。 「ご観覧いただけて光栄です」  リリアンがテーブルにお茶と茶菓子を置いて下がると、俺たち3人だけになった。恨み言でもなんでも、全て受け止めるつもりでこの茶会を開いた。 「ほほほ……そんな顔をなさらないで。いずれ、その日が来るとわかっていたのよ」 「ええ、そうよ! だって、陛下ったら私たちに会うたび、素敵な婿を探すからって何度も言うんですもの。気がないのはわかりきっていたわ」 「えっ?! 陛下は何を言っていたんですか?」  俺の質問に、二人が顔を見合わせてから、玉を転がすような声で笑った。 「そなたたちには酷いマネをしてすまないとか、必ずや良い婿を見つけてやる。もしも良い相手を見つけたら教えなさいっていつもおっしゃっていたのよ!?」 「陛下は後宮をなくすつもりなんですって。初夜だけは検分があるからお情けをいただいたけど、そのあとはわたくしたちの部屋に来ても、たまに抱いてくださるだけだった。正直、あなたが恨めしかったわ」  カサンドラ様はジロリと睨み付けてきたが、仕草のわりに恨み辛みは感じず不思議だった。 「そうでしたか。申し訳なかった」 「——いいえ。わたくしは望んで後宮へきたけれど、思うようにいかなくて腹が立っただけよ。あなたの方が大変だったでしょう? ここだけの話、本当にあの方が王になられて良かったわ。先王様は恐ろしい方と聞いていたから」 「そんな話をされて大丈夫ですか?」 「ここは後宮。この中だけなら許されるわ!」  ジュリア様もうんうんと同意をされる。そして、キラキラした瞳で俺を見つめた。 「陛下はレオシュ様だけのつもりだったけど、宰相や大臣たちが勝手に側室を選んでいたなんて、私たち知らなかったのよ? だから、精一杯誘惑したんだけどね、レオシュ様を愛してるから……っておっしゃるの!! きゃぁぁ~~!! 素敵よね? 純愛だわぁ~!」 「——!?」  まさか、この二人にそんなふうに言っていたなんて!! ああ、陛下……女性と子を成してほしいなんて、俺は酷いことを言っていたんだな。 「ほほほっ!! あなたのそんな真っ赤な顔を見れただけで満足よ! わたくし、いじめてしまって悪かったわ。だって、陛下の寵愛を受けられず腐っていくだけかと思ったら、苦しかったの。人としてあるまじき行いだったわ。でもね、あなたが命がけで陛下のために敵将と戦った話を聞いて、憑物が落ちたように感じたの。これほど愛し合っている二人が、同性だからといって結ばれるのを拒むのはおかしい……ってね」 「カサンドラ様……」 「私は公爵家への降嫁が決まっているの。カサンドラ様は……まだ秘密になさるの?」 「そうねぇ。どうしようかしら?」 「ぜひ教えてください」  クスクスと楽しげに笑うカサンドラ様。それをジュリア様も楽しげに見つめていて、どうしても知りたくなった。 「お二方が幸せになれると確信して、後宮を去りたいんです」 「ふふ。あなたは本当にまっすぐな方ね。王配としては心配だけれど……悪意に負けずに、陛下を支えてくださると約束してくれるならお教えしてもよろしくてよ?」 「約束します。命にかえて、と言いたいところですが、命を大事にすると陛下と約束しました。ですから、陛下と共に、あなた方が幸せに暮らせる平和な国を作るために尽力します」 「その言葉、お忘れにならないでね?」  そういうと、カサンドラ様は手をパンパンとたたいて合図をした。 「お入りなさい。レオシュ様にごあいさつをしてちょうだいな?」 「え?」  後宮の人間なのか? と驚きながら扉に目を向けると、入ってきたのはルーファスだった。 「ルーファス? えっ?」 「ほほっ。驚いた? 実はね、ずっとわたくしは片恋をしていたのよ。でも、あくまでもわたくしは陛下のもの。だからあきらめていたの。後宮の解体が決まって行き先を決める時、彼をくださいとお願いしたのよ」 「そ、そうでしたか」  しかし、ルーファスの方はどうなんだ? と不安がよぎったが、絡み合う二人の視線は優しく甘い雰囲気だった。ルーファスも騎士として想いを抑えていたのかもしれない。結ばれる可能性が低かった二人が結ばれる——この幸せな瞬間に立ち会えて俺は幸運だ。 「ルーファス、おめでとう。二人で幸せになってくれ」 「はっ、はい!! ありがとうございます。ですが、後宮を出られるまでは、私は妃殿下の家臣ですので、きちんと働きます!」 「ああ、そうしてくれ」  恋の成就に浮かれて、なんてルーファスはありえないと思いつつ、本人は自分を戒める。真面目でいい男だ。  しばし歓談したあと、俺は後宮を後にした。 最後の扉を開ける時、振り向いて2年暮らした後宮に想いを馳せた。 「長いようで短かった気がする——思い出も、たくさんあるな。リリアン、ルーファス、あちらでもよろしくな」 「「お任せください」」  今夜から、俺は陛下の元で暮らす。  さらば後宮。  さらば、カサンドラ様、ジュリア様——  皆が幸せになりますように。寂しい中にも、心は晴々としていた。

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