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第12話 側室は出会いを思い出す

 後宮を後にして陛下の私室に向かうと、陛下はすでにお戻りで待ち兼ねたように抱きしめてくれた。 「レオの部屋は続き部屋の隣室にあるが、できれば毎日一緒に眠りたい」  なんて可愛らしいことをおっしゃるんだ。俺だって、毎日陛下の一番近くにいたいに決まっている!! 「陛下のお望みのままに」 「レオ、二人の時は名前で呼ぶんだろう?」 「——ギディオンのお側にいます」  名前で呼ぶ。たったそれだけの行為。だが、いつもより親密さを感じさせ気恥ずかしい。ふと、初めて陛下と出会った日を思い出した。そして、初夜で知った陛下の思いやりの深さ。  まるで、あの日のようだ—— ◇    ダディザンから少数の護衛とともにフィディーリアへ到着した時、当時の国王は出兵していて不在だった。そのことに、俺は密かに安心していた。だが、何日経っても国王は帰還せず、自分の部下も祖国へ戻る予定の日が迫っていた。そこへ入った国王と王太子の戦死の一報に、俺たちは酷く動揺した。  もしも支援の話が流れたら、民の餓死は必至!! どうしたら——  数日は部下の帰還を延期していたが、他国の兵士は不要とばかりに追い出されるように帰国させられた。——俺は一人ぼっちになってしまった。  当初は後宮ではなく客人用の住まいにいたのだが、先王の後宮が解体された後、俺はたった一人で後宮へ送られた。リリアンとは、そこで出会った。彼女は中年のベテラン女官だった。男の愛妾も多かった前王に仕えていたので、男である俺が後宮にきても何の反発もなかったらしい。 「ただいま、次期国王の即位に向けた準備がなされています。即位がすめば御目通りも叶いましょう」  次期国王とは、幼い王子のことだろうか。まだ十歳に満たない王子には酷な話だ。臣下には都合が良いだろうが……俺とのことはどうなるのか。誰もその答えをくれないまま、いたずらに時間は過ぎていった。  新国王に謁見が叶ったのは、その四日後だった。こちらから出向くはずだったが、陛下の訪問があるという先ぶれに女官たちは大慌てで俺に身支度をさせた。衣装が間に合わず、仕方なくダディザンの正装を身に纏った。  子供が現れるのかと思っていた俺の目の前に現れたのは、凛々しい青年だった。濡れたように艶やかな黒髪、宝玉を思わせる緑の瞳——  なんて美しい方だ。 「そなたがダディザンのレオシュ殿下か?」 「はい。あなたは……国王陛下であらせられますか?」  後宮に入れる男はいないと聞いた。無残に弄ばれた男たち以外、という方が正解だが。 「——そうだ。ダディザンとの盟約は既に成立してしまっているが、それは前王との話だ。男の身で後宮入りは恥辱であろう。何とか別の手を考え、帰国できるようにしてやろう」 「その場合、祖国へのご支援はどうなりますか?」 「苦境に立たされているのは知っている。何か、別な取引を考えよう。それからすぐに支援物資を送って」 「陛下っ!! 俺はっ! このままで構いません! ですから、すぐにでもわが国への食糧支援をお願いします! 非常に苦しい状況なのですっ……」  この数日間も無駄にした、と俺は焦っていた。誰に聞いても物資を送り込んだとは聞かないし、そもそも新国王が指示をしなければことは動かないとわかっていた。  だから、俺は陛下の足元に跪き這いつくばって懇願したのだ。俺の恥辱など、数多の民の命を救うために捧げよう。 「名は何という?」 「レオシュ、と申します」 「そなたの思いは、よくわかった。それで、良いのだな?」 「はい」  足元に蹲る俺の背を、陛下の手がそっと撫でた。 「そなたの崇高な自己犠牲に敬意を払おう。さぁ、立つんだ。支援は約束しよう」 「陛下っ!! ありがとうございます!!」  立ち上がると陛下を見下ろす形になってしまうので、視線をそらして俯いた。 「——顔をよく見せてくれ」 「は、はい」  翡翠の瞳の中に、苦悩が見えた。突然の即位への戸惑いか、俺のせいなのか、はたまた王国の未来を憂いているのかはわからない。それでも、強い視線と言葉のはしばしに優しさが覗く。  俺にできることは、何でもして差し上げよう。  初めて会ったはずなのに、俺は陛下の瞳にそう誓った。お名前を知りたいが、俺から聞くことは許されないだろう。 「そなたを、私の側室とする。先王がそなたに手を出す前で良かった。もしも一晩でも褥を共にしていたら、ダディザン出身のそなたは幽閉されていただろう」 「……」  ——ダディザンとの同盟上、人質の俺は殺せない。だが、フィディーリアの王宮に入った以上、自由にもできない。俺でもそれくらいはわかる。 「陛下に誠心誠意お仕えします」  陛下の背中を見送り不安な数日を過ごしたのちに、ダディザンに支援物資を送ったので安心するようにとお手紙を賜った。   陛下がわざわざ知らせる義務はない。だが、俺に知らせてくれたのだ。この日を境に、これからも研鑽を積もうと決心した。宰相に剣は取り上げられたので、腕立てや体術の訓練を欠かさずしている。  こうして側室となることが決まったのだが、陛下が俺の部屋を訪うことがないまま、後宮に二人の美しい女がやってきた。  そうだよな。俺は男で、しかも陛下より体格も大きい。本来なら女性がいるのが当たり前なんだ。  ただ一度お会いした麗しい陛下を思うと胸が痛んだが、あの方のお子が必要だ。俺は、必要ない——  なぜこんなに心が痛むのか。お二方が後宮にいらしたその夜に、リリアンに驚くべきことを言われた。 「レオシュ様。今夜より、夜伽の指南を受けるようにと陛下からの御命令です」 「よとぎ……えっ?!」  驚く俺の前に、リリアンと数人の女官がやってきて美しい箱を俺の前に並べた。   「これは?」 「陛下から賜りました。こちらで練習をするように、とのことです」 「練習? 中に何が入ってる? 開けても良いのか?」 「私にはわかりません。レオシュ様自ら御開封をしてください」  きらびやかな細工の箱を開けると、わが国(ダディザン)では貴重なビロードにそれは包まれていた。そっと布を外すと、そこには玉や、細長い棒などが並んでいた。 「美しい玉だが、なぜ繋がっているんだ? それに、この棒は何だ?」  細い棒は表面に凹凸があった。細いものから太い物もあり、それら全てが凹凸の形状が異なる。そして、さらに奥にあった物。それは、見慣れた形をしていた。  こ、これはっ!! もしやっ?! 「リリアンっ! これは、まさかっ?!」 「見事な品を賜りましたね。陛下も楽しみにしておられるのでしょう。おめでとうございます」 「「「おめでとうございます」」」 「~~っ!!」  なぜ君たちは平気な顔でこの淫具を見ていられるんだっ?!  叫びたいのを必死で抑えていると、リリアンが手紙を差し出してきた。 「開封後、お渡しするようにと仰せつかっていました」  封蝋には王の印が確かにあった。手紙は男である私を気遣う内容だった。 『そなたを苦しめたくないゆえ、体を慣らしておくように。また、同盟が成立したと確認をするために、初夜には立会人がつく。つらいだろうが耐えてほしい』  なんとお優しい——あの方のためなら、俺は恥辱に耐えて見せよう!! 「リリアン、俺は何も知らないんだ。陛下への恩に報いるため、教えてくれるか?」  リリアンたちは、ほほ笑んで了承してくれた。だが、俺は体内の洗浄という最も見られたくない行為を彼女たちに散々に晒す羽目になった。    厠が広いのはこのためだったのか?! ベッドがあるのも!! 「い、嫌だっ!! 自分でするから、道具だけを置いていってくれっ!!」 「これはわたくしたちの務めです。慣れておりますから、そのように恥ずかしがらなくても大丈夫です。さあ、そちらのベッドに横になってくださいませ」 「いやいやいや!! こんな場所を人目に晒すなんてできない!!」 「レオシュ様、男性はここをきれいにしませんと、陛下のお体に障るのです。ですから、慣れている私どもにお任せください。陛下のために、どうかご辛抱を」  陛下のお体のため、と言われれば従うしかない。ローブに着替えベッドに横になると、横向きに寝るように指示された。  すると、尻の方をまくられてビクッと反応してしまった。 「レオシュ様、怖いかもしれませんが、どうぞわたくしにお任せを」 「こ、怖くなどないっ! 私はダディザンの戦士だっ!」 「さすがレオシュ様です。では……」  後孔に滑るものを塗られた後、細いものが中に挿入された。中に温かいものが注がれ洗浄する。これが最大の恥辱だと思ったが、そうではなかった。  ぐったりとして寝室のベッドに戻ると、淫具がテーブルにずらりと並べられていた。 「っ?!」  いちいち反応するのは恥ずかしいが、改めて見たそれらに動揺するのは当然だと思う。 「賜ったすべてをお出ししましたが、まずは細いものから始めて、最後にこちらにしますと良いかと思います」 「こんなものが入るとは思えんのだが」  俺のモノよりも少し小さいくらいの張り型を、恐る恐る手にとってみる。 「慣れれば問題ありません。それに、殿方でも快楽を感じることは可能です。今回はただ痛みを感じないように慣らすだけ、と命じられておりますから、挿入するだけでございます」 「——そうか」  この日から、数日をかけて香油を体内に注ぎ、張り型をただ体内に収める、という行為を機械的に行った。痛みはなくなったが、違和感と恥辱だけが積み重なっていく。  だが、こちらが窮屈では陛下が痛い思いをなさるだろう。きっと、一晩だけのこと——少なくとも、陛下には快楽を味わってもらいたい。  俺のように頑強な体を抱くなんて、あの方には苦痛だと思う。申し訳ないという思いが強いが、あの方に俺は自分を捧げるのだ。だから、精一杯、己の体を作り替えよう。  俺は、ひと目であの方に心を奪われた。だから、最初で最後の夜をせめて良い思い出にしたい。  あの麗しい方は、義務のために俺を抱く。  切なさと、期待と、そしてその先にやってくるだろう絶望——  それでも俺は、ただ一度の夜がただひたすらに待ち遠しかった。

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