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第16話 側室は無意識に敵を粉砕する

 後宮を出た翌日から俺の多忙な日々が始まり、真っ先にしたのは仕立てだった。 「婚儀の衣装はともかく、これは少々豪華すぎるのではないか?」 「公務でお召しになる衣装ですから、威厳を保てるお衣装でなくてはなりません」  そう言われれば仕方がない。陛下の隣に立つのだから、見た目も大事だ。仕立て屋は俺の体を計測後、様々な生地を当てては選んでいく。俺の好みも聞かれたが、門外漢なので全面的に任せようと思う。 「そうだ、レオシュ様。ベイルとマリアですが、無事にこちらに着きましたよ」  ルーファスに頼んでおいたのだが、やっとあの子達にまた会えるらしい。 「そうか! では、乗馬服も仕立てて欲しいのだが……」 「もちろんです。そういえば、マリアには手を焼いたそうですよ」 「なぜだ?」 「どこかの誰か以外に触られたくなかったらしく、最後の手段でトエランに残してたレオシュ様の衣服を使う許可を取ったそうです」  ルーファスはそう言って肩を竦めた。 「そうか……置いてきてしまって悪かったなぁ。ベイルはどうだった?」 「あの子は素直な良い子だそうです。でも、マリアに迫られてるらしいですよ。マリアは気性の強いメスでタジタジみたいで、モテる男は苦労しますね」 「ははっ! あの二頭が番ったら、どんな子が産まれるかな。楽しみだ」  俺の楽しみがまた増えた。だが、問題は今、だな…… 「日常でお召しになる衣装は大至急仕立てます。ですが、しばらくはこちらのお衣装を着ていただきますが、あの、あまり力を入れぬようお気をつけください」  仕立て屋はペコペコと頭を下げていてかわいそうなくらいだった。 「ああ……確かに、気をつけたほうがいいな」  後宮で着ていた服はベッドに直行してもいいような色っぽい仕立てなので、王宮向きではない。  だから急遽仕立てるのだが、仕立て屋が持ってきたシャツもズボンも何もかもがピチピチで、力を入れたらボタンが弾けそうだ……仕立て屋にサイズを伝えていたらしいが、ゆとり分は頭になかったらしい。  ボタンを外せばマシだが、トエランにいた時のようにはだけているのははしたないことだ。      なるべく体を縮めていよう……   次は儀礼の所作を習いにいく。ユアブという老神官らしい。 「——レオシュ殿下、お初にお目にかかります。ユアブと申します。こちらは弟子でございます」 「ご指導よろしくお願いします」  仏頂面の老神官と一緒にやってきた弟子は、立ち位置などの練習もあるのでいるらしい。 「殿下。動きが小さく、美しくありませんよ」    このユアブという神官は、とにかく細かく所作を見ていて持っていたステッキで悪い所をコツンと突いてくる。もちろんケガをしないように加減されているのだが、優雅に動けと言われても、剣舞と違いなかなかうまくいかない。なんと言っても、ピチピチの服が邪魔をして動きにくいんだ。  クスクス……  笑い声がして振り向くと、弟子が俺を見て笑っていた。 「殿下、よそ見をなさらないように」  ピシッと手の甲を叩かれ、さすがにムッとした。俺だって、やろうと思えばできるはずだ。だが、ちょっとだけ服が窮屈なだけなんだ。少しくらい大きく動いてもいいだろう…… 「では、もう一度。入場して陛下にひざまずく所までですぞ」  広間に入り中央を進み、陛下に見立てた若い神官の前にひざまずく。たったそれだけなのだが…… 「殿下は立派な体躯をなさっておられるのですから、そのようにちまちまと歩くのは見苦しゅうございますぞ」 (ここまで動いて無事なんだ。動きを大きくしても大丈夫か?)  背筋を伸ばし、胸を張って大きく一歩踏み出した。 「できるではありませんか。なぜもっと早くやれ——」  ブチブチブチ……ビリッ!! バリバリバリッ~!! パ~~ンッ!!  コロコロ……  シャツのボタンが弾けて、四方八方へ転がっていくのを茫然と見ていた。 「「「ああっ!?」」」 「うおっ?!」  シャツのボタン全部弾け飛び、ズボンは脇の縫い目から裂けて両方の太ももが露出してしまっていた。 「やってしまった……神官殿、見苦しくてすまない。服が小さくてな」 「い、いえ……! お召し物がキツそうなのはわざとかと、あっ! なんでもございませんっ!!」  神官たちは驚きのあまりか、顔が真っ赤だった。なんて恥ずかしい…… 「レオシュ様っ!!」  ルーファスと護衛騎士、リリアンが飛んできて、衣装の惨状に顔が引きつっている。 「大変だっ!! 陛下に殿下の肌を人目に晒したなんて知られたらお仕置きがっ!!」 「レオシュ様、わたくしマントを持って来させますからお待ちください!!」 「すまん」  リリアンは普段の優雅な所作がうそのようなスピードでドアの向こうに消えていった。 「う~ん。陛下にお願いして、仕立て終わるまでは後宮で着ていた衣装を着させてもらうか……動き難くてかなわん」 「その方がいいと思います。あれはあれで問題はありますが、このお姿よりいいです!! 俺が殺されます!!」 「陛下はお優しいぞ?」 「ええ……レオシュ様にはね……」  ルーファスが青い顔で震えている。ふむ、そうなのか? 「さて、ユアブ殿。申し訳ないがこんな格好なので、今日はいいだろうか? 明日はもっと動きやすい格好で教えを乞いたいと思う」 「はっ、はい。もちろんでございます」  なんだ、もっときつく叱られるかと思ったのに。きっと俺のためにキツく指導してくださったのだな。 「ユアブ殿」  俺は俯く老神官の手を取り、瞳を覗き込んだ。 「どうか、明日も厳しく指導をお願いしたい。どうぞ尊老の知識を伝授していただきたい」 「ああぁ……殿下……このような意地悪な年寄りに、なんとお優しいお言葉……」 「今はユアブ殿が頼りです。出来の悪い生徒で申し訳ない」 「そんなことはございません!! わたくしこそ、殿下のご都合も考えずにキツくあたってしまいました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」  力強く頷いてくださったユアブ殿に安心して、今日は終了になった。 「レオシュ様、マントが届きました。後宮に衣装を取りにいかせていますので、今はマントでお隠しください」 「俺はこのくらい問題ないが、すまんな」 「レオシュ様は問題ないでしょうが、周囲の皆様には目の毒でございますので……」 「ああ、こんなに破れてはみっともないな」  バサリとマントを羽織ると、すっぽりと隠れてくれた。ゆっくり歩けば破れは見えないだろう。マントが翻らないように気をつけながら自室に戻ろうとしていると、物陰から人が争うような声が聞こえた。 「ルーファス、聞こえるか?」 「いえ、なんでしょう?」 「いや、確かに聞こえる。止まって静かにしてくれ」  立ち止まって耳を澄ます。 『いやっ……お戯れはおやめくださいっ』 『焦らしやがって。本当は誘ってんだろう?!』  微かに聞こえるか弱い声と、男の争う声。  これは、女性が襲われているっ?! 「かすかに聞こえるような……ですが、レオシュ様はすぐにお戻りを、って! もう!!」  ルーファスの返事を聞く前に俺の体は動いていた。「いや、触らないで!」と悲痛な悲鳴が聞こえたのだから。駆け出し、角を曲がった薄暗い廊下で、二つの影が揉み合っていた。  男が女性のドレスのスカートがたくし上げていて、こんな場所でか弱い女性を犯そうとする者がいるなんてと頭に血が上った。 「貴様っ!! 女性に何をするっ!!」 「っ?! 誰だ! 邪魔をするなっ!!」  シュッと剣を抜いた音に反応し、マントを掴んで男の目の前に広げて剣と腕をまとめて絡めとり、そのまま肩から突進してぶっ飛ばした。   ゴッ!! ガンッ! ドガガッ!! ドサッ……  シン……と一瞬の静寂が広がった。——しまった。生きてるか? 思ったより軽かったな…… 「レオシュ様っ!! あっ……こいつ……」 「き、騎士様っ! あの、あの、この方がわたくしを助けてくださったのです! この方は悪くありません!!」 「ああ、わかっているよ。君は女官だね? 怖かっただろう? こちらにいらっしゃるのはレオシュ殿下だ」 「レオシュ殿下……あ、王配になられる……これは失礼を!!」  彼女が慌てて礼をしたが、それよりも彼女の体が心配だった。 「立ってくれ。けがはないか? あの悪党にひどい目にあわされたようだな。かわいそうに」 「一女官になんてお優し……い……? あのあの、で、殿下、その。お召し物が……」 「ん? ああ……女性に見せるものではないな。すまなかった」  マントが乱れて、女性にひどい姿を見せてしまった。マントを整えて立ち上がると、応援の騎士や騒ぎを聞きつけた近衛騎士が駆け寄ってきた。  ん? 近衛騎士はあの悪党と同じ服装だな。ということは、あいつは近衛なのか。 「ベンヤミン!? 貴様、何をしたっ!! 曲者!!」  一人の騎士が、事情を聞こうともせずに剣を抜いて俺に襲いかかってきたので、左手で剣を持つ手を跳ね上げて間合いを詰めて体当たりをした。  ズガッ!! ドンッ!! 「ぐぁっ!!」  騎士が苦鳴をあげて転がり、仲間の騎士の殺気がぶわりと膨らんだのを感じた。  彼らは傷つけたくないな。  だが、けがをさせないようにとなると難しいと頭を悩ませた。 「大丈夫かっ?! しっかりしろっ!!」 「おまえたち、待て!! このお方の顔をよくみろ!! レオシュ殿下だっ! 王配となられるレオシュ殿下だぞ!!」 「えっ、レオシュ殿下っ?!」  ルーファスと護衛騎士が二人を羽交い締めにし宥めながら、必死で俺の名を繰り返す。 「そうだ、レオシュ殿下だ。よく見るんだ。わかったか?」 「ああ……闘技場で、見た……」  ルーファスのおかげで、なんとか丸く収まりそうだ。——いつもすまん。俺が勝手に動くから迷惑をかけてしまうな…… 「だが、ベンヤミンがっ!!」 「女性を襲っていたところを殿下が救ったのだ」 「「えっ?! そんな!!」」  まぁ、信じたくないだろう。だが、真実だ。 「騎士様、本当です……あの人が、わ、わたくし、を、その」 「女官殿、つらいことは言わなくていい。騎士殿、俺が悲鳴を聞き駆けつけると、あの男は剣を抜いて襲ってきたんだ。俺は武器を持っていなかったから体当たりをした」  気を失った男の側には剣が転がっているし、俺は武器を携帯していなかった。冷静になった彼らは俺が無手であるのを確認して納得してくれた。 「しかし、近衛騎士とあろう者が、なんて恥知らずな」 「その男はしっかり裁け。か弱い女性に騎士が暴力を振るうなど、男の風上にもおけん」 「は、はい」  ベンヤミンとやらは応援の騎士に拘束されて運ばれていった。それを見送った近衛騎士の二人は俺に頭を下げた。 「レオシュ殿下と知らずに失礼をいたしました。王宮内でマントをお召しだったので、不審者と間違えてしまい失礼をいたしました」 「それにしても、体当たりだけで失神させるとは、さすが殿下ですっ!!」 「それなんだが……やりすぎたかもしれん」 「問題ありません、犯罪者ですからっ!!」 「そうか。あとは頼む。これからは王宮で暮らすから、君たちの世話になるだろう。よろしく頼む」 「「は、はい、お任せください!!」」  さて、とりあえず解決か。だが、こんな風にマントで隠すから怪しまれるんだ。 「う~ん、ルーファス、これ、やっぱり預かっていてくれ」  マントを脱いでルーファスに押し付ける。 「はい?? あ、レオシュ様!! 脱いではダメです!!」 「破れてみっともないかもしれんが、この方がよっぽど潔いだろう?」    マントは邪魔だ。服はビリビリに破けているが、このまま歩いた方が俺とひと目でわかるだろう。 「部屋に戻るまでの間に、もう何も起きないといいなぁ~」 「レオシュ様ぁぁ~~!!」 「レオシュ様、せめておみ足を、いいえ、胸元を……ああ、どうしたらいいのかしら……お願いです! マントをお召しになってくださいまし! レオシュ様のためでもありますよ!」 「はははっ!!」  たまにすれ違う文官や騎士などが俺をギョッとして見ていたが、途中からは面白くなり驚かせるのを楽しんだ。夜になって、それを陛下に笑い話としてお話をしたのだが、黙っていた方が良かったようだ。  それはそれはご立腹で散々に鳴かされてしまい、次の日の予定はすべてキャンセルをする羽目になった。今後は肌を人目に晒さない、と何度も約束をした。  でも、そんな執着さえ嬉しく、時々ならお仕置きをされたいと思ったのは誰にも言えない俺の秘密だ。

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