14 / 67

第13話「ハルの休日」

その日曜は珍しく「ごめん」と返事が来た。 晴也はそれでも友梨の送ってきた携帯の連絡用アプリのメッセージのスタンプを可愛いなあ、と思い、「分かった。珠理奈達と遊ぶの楽しんできてね」と返事を送信した。 「暇になったな」 10時に集まって2人で気になっていた映画を見ようとしていた。 今日はたまに訪れる休日でも部活のない日で、晴也は久々に友梨と1日ゆっくり過ごせると思っていたのだが、だいぶ前から友達と遊ぶ約束をしていた事を忘れていたらしい。 9時半にその断りのメッセージが来ると、早めに用意して駅に向かおうとしていた晴也はよそ行きの服を着たまま洗面所に立ち尽くした。 「ハルちゃんデート?」 今やっと起きて洗面所に顔を洗いに来た奈津香は半開きの目を擦りながらこちらを見上げてくる。 「すっぽかされちゃった」 「えっ、大丈夫?」 その一言にパッと目を開き、奈津香は珍しく、別段落ち込んではいないのだが晴也の側に寄って背中をさすってくれた。 「大丈夫だよ、ありがとう」 ポンポン、と奈津香の頭を撫でると晴也は携帯電話を手に持ったままリビングに戻り、まだ起きてきていない両親のいないそこでソファに座り、数分後には仰向けに寝転がった。 「んー、暇んなっちゃったよ」 プッとテレビの電源を入れると、街中を散歩しながら様々な店に立ち寄ると言う番組が始まっていた。 (まあいいや、のんびりしよう) 遊んでいるならメッセージの返事も返ってこないだろう。晴也は余計な連絡を友梨に送るのはやめ、ボーッとテレビを見始める。 部屋の南側にある窓からは熱い日差しが差し込んでいた。冷房を入れるか、と立ち上がり、ソファの後ろにあるダイニングテーブルの上のリモコンに手を伸ばした。 段々と夏に染まり始めた世界は、うだるような暑さが迫っている。 ブブッ 「、、ん?」 鳴る筈のない携帯電話のバイブ音が聞こえる。 やはり友梨が自分と遊ぶ気にでもなったのだろうか、とテレビの前のテーブルに携帯電話を取りに帰り、画面を見た。 光瑠[ウシくん今日ヒマ?] 「お。光瑠くんじゃん」 珍しい相手からの誘いのメッセージに、晴也はすぐさま「めっちゃ暇!」と返した。 「あはは!そう言うのってたまにあるよね」 光瑠といても晴也がどこか落ち着くのは、弘也、御手洗、そして智幸と大体同じ背丈だからだろう。 前者2人と違うのは、智幸と同じで彼もまた喧嘩慣れしていそうな筋肉の作りをしているところだ。 絞られたアスリートとは少し違っている。 「ってか、今日俺と遊んで良いの?いつも部活なんだろ、ゆっくりしなくてよかった?」 「大丈夫だよ。暇になってたから、連絡くれて良かった」 遠慮気味に顔を覗き込まれ、晴也はふふ、と笑って返す。 皆方高校と壱沿江南高校は駅で言うと3つ程離れているが、その間にある駅周辺が栄えている事もあり何だかんだ学生の遊ぶ区画が被っている。 晴也は片道40分程で通っている事もあり、皆方高校の最寄駅から4つ乗れば自分の家の最寄駅に着く光瑠は、自分が誘ったのだから、と晴也の家寄りで賑わっているところまで出てきてくれていた。 最近になって近くにショッピングモールが出来た駅だ。 「じゃあその映画見ようよ」 「え?!いいよいいよ、つまんないかもしれないし」 「えー、何でえ」 晴也は白いTシャツの裾を黒いスキニーパンツに入れてあり、友梨が1ヶ月記念日にくれた黒いベルトを付け、サコッシュを下げている。 対して光瑠の方はダボっとしたミルクティ色のTシャツにダボっとした黒いズボンとスニーカーだ。体格差や筋肉のつき方がまざまざと違う事が分かるお互いのコーディネートに晴也は少し笑う。 ダボダボさせているくせに、それが様になる程には光瑠は体格に恵まれていた。 「まあ、そっか。友梨ちゃんと見たいよね」 「いや別にそう言うことじゃ、、なあ、この、気を遣う感じやめない?」 気が合うな、とお互いに思ってはいたがいざ2人きりになるのは今回が初めてだ。 晴也はよく光瑠が自分を誘ったな、と思っていたし、自分も良く遊ぶ気になったな、と思っていた反面、お互いに気を遣い過ぎて気まずくなり始めた空気に耐えかねた。 「あはははは!ウシくんそう言うのハッキリ言うんだ、やば、良い!推せる!」 ケタケタ笑うと光瑠の大きな身体が揺れる。 「、、、」 晴也はそれを眺めて、何処か懐かしい感覚がした。 (あいつ、笑わなくなったもんな) 脳裏に浮かぶ黒髪に手を伸ばしてやりたくなった。 金曜日は変わらず家に来るが、最近はいつにも増してつまらなさそうにぶすくれている。 奈津香もそれが少し嫌そうだった。 (いつも自分のことばっかりだ) 不機嫌そうな視線を避けるように、晴也は金曜日はわざと外食するようにしている。 あんな迷惑なものがいつまでも家に来るのだからたまったものではない。 2人はショッピングモールに着くとまず映画館へ向かい、チケットを取る事にした。 「学生証持ってきた?」 「財布に入ってる」 「あ、俺と一緒。なくすよなこう言うのって、、これなんだけど良い?他のでも良いんだけど」 晴也が見ようとしていたのは最近流行りの漫画を実写化したコメディ込みのアクション映画だった。 「あ、これ漫画持ってる」 「え、読むんだ漫画とか」 「ははは、何それ、読むよ。トモもうち来て読んでたよ」 2人で見ていたポスターに視線を合わせたまま、晴也の動きが止まる。 しかしすぐに「あいつ漫画なら活字いけるんだ」と笑い飛ばし、チケットカウンターに向かい、学生のチケットを2枚購入した。 「ブラブラしよ」 晴也がそう言うと光瑠は楽しそうに隣に並ぶ。 こうしていると普段智幸といるときよりも光瑠は幼く晴也の目に映った。 モールの中は日曜日だけあって人で溢れ返り、家族連れが多く、小学生かそれ以下の小さい子供がときより2人の足元を走り抜けていく。 何人かとぶつかりそうになった。 「何かあいつらといない休日久々だなあ」 「いつも一緒にいるの?あの、、女の子達とか」 昼過ぎの映画のチケットを財布にしまうと、喉が渇いた2人はモール内のカフェにたどり着いた。 混み合っているが2人掛けの席を確保し、晴也が財布だけ持ってサコッシュをテーブルにポイと乗せてレジの方の少し長い列に並んだ。 「こないだファミレスで一緒だったのはナンパした子達だからあのときだけよ」 「あ。ナンパしたの、アレは」 はあ、と晴也はあからさまに呆れる。 「その前一緒にいたギャルっぽい方が由依で、黒髪の真面目そうなのが原田」 「あー。原田、さん?のこと、最初みんなでいじめてるのかと思った」 「あははは!それ周りからめっちゃ言われるけどいじめてねーから!」 列が一歩進むと、晴也達も一歩進む。 持ち帰りの客が多い中でも、やはり埋まった席はなかなか空かないようだ。 席がないから他に行こう、と何組かの客が店の入り口まで来ては帰ってしまっている。 「原田は多分、トモが好きなんだろうなあ」 その一言に、晴也はピタ、と動きを止めた。 「結構分かりやすいよ。ずーっとあいつのこと見てるし、あいつと喋ると緊張して震えるし」 「それ、怖いからじゃなくて?」 「あはは、ないない!確かに小動物っぽいけど、でもトモのこと怖いって言う感じではない。キレてるときは怖がるけどね?」 「あははは!」 ようやく自分達の番が来ると、「付き合ってもらうから俺が出すよ」と言って光瑠がさっさと注文し終え、晴也の分まで会計を出してくれる。 流石にそれは、と言ったが光瑠が引く事はなく、そのまま「ごちになります」と晴也も抵抗をやめた。 「でさ、ウシくんてどこまでしたの?友梨ちゃんと」 席に着くなり出された質問に、晴也は一瞬ぽかんとする。 別段、自分の経験の凄さを語りたいとかでもなさそうで、光瑠はただただ興味本位で目を輝かせていた。 「えっとー、?」 店内の隅の席で良かった、と思った。 周りには老夫婦と若いカップル、それから20代だろう3人組の女性がそれぞれ近くの席についていた。

ともだちにシェアしよう!