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第14話「ユキの優しさ」
「あ、まだチューなんだ」
驚いた顔をする光瑠に、晴也は「なんだよ」と口を尖らせる。
今日はよく晴れていて、窓側の隅の席からはモールの外を行き交う人達とさんさんと輝く太陽がよく見えた。
自分で払うと思っていた晴也は夏の新作として出ていた柑橘系のシャーベットが入った少し高めの冷たい飲み物を飲んでおり、光瑠は冷たいほうじ茶を飲んでいる。
「いややっぱ高校生はそう言うのからドンドンステップアップが普通だよなーって」
「どゆこと?」
「んー、、最近ちょっと間違ったなあ、って思ってることがあってね?」
光瑠は両肘をテーブルにつくと、グン、と身体を前に寄せて晴也との距離を詰めた。
どうやら人に聞かれたくはないらしい。
「まともな人の意見が欲しい」
「お前の周りにまともはいないのかよ」
晴也がそう言って苦笑すると、光瑠は苦しそうに頷いた。
「トモも貞操観念どっか行ってるし荒れててダメだし、他に仲良い奴らも学校でヤリまくってるから」
「がっ!?、、学校??」
思わず大声を出してしまい、晴也はまずった、と周りを見回す。老夫婦だけ驚いた顔でこちらを見ていたが、頭を下げるとすぐにニコリと笑い返してくれた。
「え、なに、高校で?」
引き切った顔をして晴也は問う。
「そーなんだよ」
自分が色んなところの鍵を盗んで合鍵を作っているくせに、さも困っていると言いたげに光瑠は眉間に皺を寄せた。
「それはなんか、汚い」
「ヴッ」
晴也の直球を胸に受けて低い声を出したが、まともな人間からすれば自分達が犯罪まがいの事をしているのは理解できている。
そんな事言わないで、と言いかけたものを飲み込み、ゴホン、と咳払いをしてから光瑠は再び小声になった。
「まあそれは置いといて。さっき言った良く一緒にいる由依なんだけど」
「うん」
「付き合ってないんだけどセックスはするんだわ」
「え?あー、そう言うのなの?」
じゅるる、と晴也は飲み物を吸った。
「他の奴とすれば良いのにってときも、ずーっと俺をご指名で。あ、これ何かやらかしたなあって思ってはいたんだけど、こないだ学校でシたとき大泣きされてさあ」
「何したんだよ」
「んー、普通にいつも通りヤッたしよくわかんねーんだよなあ。ただまあ、俺のこともしかして好きなのかなー、とは思って」
「完全にそうだろ。何言ってんの?」
「でも答えられないし俺好きな子いた試しがないし、そもそもセックスできれば良かったから付き合うってなに?って感じ」
光瑠は一応頭を抱えているが、会話の内容がゲス過ぎて晴也は呆れ返っている。
ようは、遊びで始まった関係で遊びで続けているのに、相手の女の子が本気になってしまった訳だ。
「だからウシくんに聞きたかったんだよね」
「え?」
「付き合うってなに?何か楽しい?」
「、、、」
その言葉に、彼は一瞬だけ息を詰まらせた。
「ッん、ゲホッ」
「大丈夫?」
ゲホッゲホッ、と何度か咳をして、ひと口だけ光瑠のほうじ茶を貰う。
晴也の飲み物はもったりしていて、むせた喉に引っかかったものを押し流してスッキリさせるのは難しかった。
「けほっ、んー、ごめん」
「大丈夫大丈夫。治った?」
「うん、平気」
体勢を立て直すと、一度ふう、と息をついた。
「楽しいよ、付き合うの。友梨は可愛いし、美人だし、色んな事に笑うし。それを近くで見てられるの幸せだなあって思う」
「んー、、俺は由依に興味がある訳じゃないしなあ」
「あ、待って」
「え?」
先程自分が口をつけてしまった光瑠の飲み物に刺さっているストローの先を、晴也がおしぼりでサッと拭く。
光瑠は少しだけキョトンとしてから、またすぐに晴也を見つめた。
「気にしなくて良いのに」
「俺、他の人が口付けたのとかダメだから、気になるんだよね」
「ふーん。そうなんだ」
光瑠は珍しいものを見るように瞬きを繰り返し、何となく飲み物に口を付ける晴也の目を見つめた。
緑色は深くて、日本人にはない輝きを発している。
(綺麗だなあ、ウシくんて)
そして何故か、智幸が良く触っている両耳についた小さな緑色の石がはめ込まれた金色のピアスを思い出した。
(あの色に似てる)
智幸を思い出した事で、光瑠は自動的に頭に浮かんだ智幸と友梨の事を考えた。
おそらくだが晴也に隠れて友梨と智幸は連絡を取り合っている。今日だって、本来なら光瑠はいつも通り智幸と連れ立ってでかけるか、自分の家に呼んで下の兄妹の面倒を一緒に見てもらいつつゲームをしようと思っていたのに、珍しく彼からは「無理」と一言連絡が来た。
不審だ。
そう思っている内に頭に浮かんだ晴也に連絡を取って合流したまでは良かったが、あちらも急にデートを断られたらしい。
明らかに怪しいと思っている。
けれど、純粋に友梨を好きでいる晴也に何を言ったら良いのかが彼には分からなかった。
「、、ウシくんとトモって、いつから一緒なの?」
そう問うと、晴也はストローから口を離し、「うーん」と言いながら少しだけ舌を出して唇を舐めた。
(うわ、っ)
その様が、あまりにも高校生離れした色気を漂わせていて、一瞬光瑠の胸が高鳴る。
妙にいやらしいものでも見せられているような気分だ。
「幼稚園からだなあ」
外していた視線をこちらに寄越した晴也は、何も気にせず眉を上にあげ、「ん?」と言う顔をして光瑠を覗き込む。
「あー、幼稚園かあ。ずーっと仲良いの?」
「みんな良く勘違いするけど俺とあいつ仲良くないよ?」
「えッ!?うっそお、だって、」
光瑠は驚いたまま、晴也に向かって口を開く。
「トモ、ウシくん相手だとめっちゃ優しいじゃん」
「はあ?」
はあ?、と言いつつも晴也は光瑠の言わんとしている事は分かっていた。
だからこそ、はあ?と言った。
智幸の優しいは「あんなものではない」と、彼だけは良く知っているからだ。
晴也の中では何もかもが当たり前で、意識せずとも起こっている。
自分にだけ優しい智幸。
自分にだけ優しくない智幸。
それを今更言われたとしても、分かっていない奴に口を出されるのは、訳が分からなかった。
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