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第15話「ハルの瞳」

「目の色のこと初めて馬鹿にしてきたのがアイツでさあ、殴り合いの喧嘩になったんだよね、幼稚園、、年長のときか」 「殴り合い?トモと!?」 懐かしい匂いを思い出した。 園庭の乾いた砂場の上に智幸を突き飛ばし、倒れ込んだところに乗っかって顔を殴り続けた日は秋の初めで、殴っている途中、朝、母親に着せてもらったお気に入りの戦隊ものの絵がプリントされたシャツの長袖を捲り上げた。 「緑の目なんか気持ち悪い!!」 まだ言うか、と言う程に智幸が叫ぶから、イラついて掴んだ砂を口に無理矢理に詰めた事。 指を噛みちぎる勢いで噛まれた事。 何もかも鮮明に思い出せる。 「流石に口に砂詰めたら泣き出したんだけど、そんでも許せなくて同級生が男の先生呼んでくるまで殴ったんだよね。本当にアイツ嫌いで」 「うぇえ、マジかよ。やることえげつなくない?ウシくん」 光瑠は話を聞きながら、顔を歪ませて唖然としていた。 2人とも、もう飲み物は飲み終わってしまっている。 「小学校、、3年生まで続いたかなあ、目の事とか見た目の事馬鹿にされんの」 「あはは、トモしつこ過ぎ!」 光瑠は智幸と違って本当に良く笑う。 顔の真ん中にパーツを寄せるようにクシャっと笑うのが、やはり何だか幼くて可愛く見えた。 「だからずーっと嫌い。家が近いし、色々あって会わなくちゃいけないとき多いけど、結構避けてる」 「あー、そうなんだあ。俺からしたらやたらとトモがウシくんのこと気にかけてるから仲良いんだと思ってたよ」 「腐れ縁だよ。割と切れないもんだよね」 お互いに背もたれにもたれ掛かり、また顔を見合って笑う。 晴也からすると、光瑠は思っていたよりも穏やかで賑やかだった。 「良いところもあるんだけどさ」 「え?」 テーブルの上の空になったジュースのボトルで遊びながら、晴也はそれを見つめて懐かしそうに笑う。 「小学校3年のとき、アイツ相手ならいつもの事だから喧嘩できたんだけど、全然知らない子に目の事言われてね。クラス替えで初めて知り合った子だよ?外国人は日本から出てけとか、日本人じゃないんだから英語喋れとか、今思うと下らないんだけど、結構ショックなことたくさん言われたんだ」 晴也はその日の事もよく覚えていた。 「アイツ違うクラスだったのに休み時間に俺の教室来て、俺がそいつらに言われ放題で黙って泣いてたら、急に入ってきて全員殴って泣かせたの」 「うわ、何かアイツらしい」 いつもは自分のクラスで馬鹿なことばかりして、休み時間になると晴也の教室に来ていつも通り見た目を馬鹿にしてくる。 いじめっ子として知られていた智幸は、その頃からもう身体が大きく学年の中では恐れられている存在だった。 自分以外の子供にいじめられている晴也を見つけて何を思ったか、そいつらをまとめて全員殴って泣かせると、晴也の前に立って彼に背を向け、泣き続ける彼らに智幸はこう言ったのだ。 「俺は綺麗だと思うけどな!緑の目!って大声で叫んで、駆け付けた先生もびっくりしてんの。あれ本当に面白かったなあ。いつもはお前が俺の目のこと汚いとか気持ち悪いとか言ってんだろ!!って感じだった」 テーブルに頬杖を付き、晴也は光瑠に笑い掛ける。 「俺、緑色が1番好きな色だし!!って訳分からんこと言うんだよ。このときだけは、あー、良い奴だなあ〜って思った」 「あはは!なにそれ、トモめっちゃ必死じゃん」 光瑠は晴也が楽しそうに智幸の事を話す姿を見て、何処かでホッとして笑った。 嫌い嫌いと言うくせに、晴也は智幸との思い出を大切にしているのが、彼にはちゃんと伝わってきたのだ。 「、、、」 だからこそ、話そうと思った。 「あのさあ、ウシくん」 「ん?」 「俺の、勘違いかもしれないんだけど、」 一瞬、映画を観た後に話せば良かっただろうか、と口をつぐんだ。 智幸と晴也の友情にもヒビを入れかねない話に、光瑠は眉尻を下げる。 (あー、どうしよう、言うべきかな) 智幸が誰の女にどう手を出そうと、それがある程度の関わってはならない人間の女でない限り、光瑠は止めはしない。 けれど、知り合ったばかりでもその人の良さや面白さに引かれ、友達になってしまった晴也の事も彼は想っている。 普通にバレたら智幸と友梨と晴也の関係は拗れて面倒な事になるだろう。 だったら弁解しつつ、自分の口から言って予防線を張っておいた方が得策かもしれない。 そこまで考えて、こちらを見つめる晴也に口を開いた。 「トモがさ、、友梨ちゃんと、多分、連絡取ってるっぽくて」 気まずさから、光瑠は自分のうなじを触り、短い髪を手櫛で解かすようにいじる。 「ウシくんそのこと知ってるかなあって、、」 途中で申し訳なくなり、光瑠はテーブルに視線を落とした。 ボトルをいじっていた晴也の手が止まっている。 やはり、言わない方が良かっただろうか。 「あー。それ、知ってるよ?」 「エッ!?」 まさか公認なのか、と顔を勢いよく上げると、大人びた笑みを浮かべる晴也と視線が絡まった。 「俺にバレてるって2人は気づいてないだろうけど」 「え、非公認?普通に浮気だよね、それ」 その言葉に、晴也は「ぷっ、あはは!」と吹き出して笑い、しばらく肩を震わせてから落ち着いて、はー、と長く息をついた。 「いいのいいの、気にしないで」 「いやでも、」 晴也はまともなのだ。 まともな人からしてみれば、彼女を取られる事や自分の友人が彼女に手を出している事など気が気でないのではないか。 光瑠は冷や汗をかいていた。 「んー、いや、何と言うか」 晴也は頬杖をつき直し、すぐそこに座っている3人組の女性達を眺める。 皆一様に髪は長く、流行りの服に身を包んでいて、自撮りしたり他撮りし合ってこの時間を楽しんでいた。 「、、、」 こんな事を光瑠に言ってもきっと困らせるなあ、と思った晴也は、しばらく彼女達を見つめてから、困惑している光瑠に向き直った。 「とりあえず、大丈夫だよ」 心の底からの笑みに、光瑠は更に困惑する。 何も言わさぬ笑みを浮かべる晴也に、ショックではないのか、智幸のことはどう思うのか、と様々な質問を本当は投げつけたかった。 不器用だけれど、智幸はいい奴だ。 晴也が現れるたび、少しだけ表情を変える智幸を側で見ていた光瑠としては、晴也が智幸を嫌う事は避けたかった。 「光瑠くんて優しいよね。えっちのときも優しいの?」 「ええッ!?」 そしてそんな光瑠の考えなんてものはつゆ知らず、晴也は呑気な事を言っている。 「えっち」と晴也が口にする様は何ともいやらしかった。 大人びた笑みでクス、と笑ってみせる彼に、どうしてだか光瑠の心臓が飛び跳ねる。 (ウシくんてどう言う中身してんだ) 初めは人が良くて誠実そうで、友達になって何回か連絡を取り合ったときも挨拶などを欠かさない真面目な雰囲気があった。 けれど今目の前にいる彼は、何とも掴めない妖艶な笑みを浮かべている。 「分かんないです、人から見たのは」 「あはは!そりゃそうだ。でも優しそう。由依、さん?も、そう言うところに惹かれるんだろうね」 果たしてそうだろうか、と考えた。 由依が処女とは知らないで手を出し、自身を入れるときに痛いと言われて初めて「ああ、」と気が付いた。それでも光瑠は行為をやめず、ぐだぐだに由依を甘やかして可愛がり、セックスを続行した。 結局それがあってから何回か身体を重ね、ダラダラと関係が今も続いている。 けれど、先日の放課後に原田の目の前で由依を抱いたとき、「原田もこの後俺とする?」と聞くとその言葉を皮切りに由依は大泣きした。 何となく察してはいたのだ。 由依が自分を好きだと言う事。けれど自分は彼女に興味がない事を。 「ウシくんも優しそう」 身長の割に大きい彼の手を眺めた。 もっとまともな自分で、そう言う行為を大事にできる人格があったなら、由依と付き合えたかもしれないのに。 光瑠は恋をした事がなく、その必要性も分からないでいる。 「痛くしないようにはするけどなあ、、どーなんだろうね。側から見てると」 「んー、、、ん?あれ?」 晴也の言葉に、光瑠は考えていた由依の事がポンと頭から消えてしまった。 「、、童貞では?」 小声で聞いた。 晴也はまたキョトンとしている。 「違いますけど」 「えっ!?そうなの!?だってトモが、久々に出来た彼女だって言ってたよ??」 ズイ、と光瑠がテーブルに腕を置いて身を乗り出すと、晴也はわざと避けず、彼に顔を近づけて笑った。 「あいつに全部言う訳ないじゃん」 「ええー、、」 近くで見える緑色に、ドキドキと胸が高鳴っていく。 この高揚感は何だろうか。 「童貞は中3で終わらせました。あいつが知ってる彼女以外に3人元カノがいます」 「えー、け、経験豊富なんじゃん」 晴也は更にグッと光瑠に顔を近づけて、右手の人差し指を自分の口元に当てた。 「ユキには内緒」 「ッ、、」 ぐゆり、と彼の目が揺れる。 一瞬だけ細められた視線は、光瑠に生唾を飲ませて、拳をぐっと握らせた。 「ね?光瑠くん」 この男と、知り合って良かったのだろうか。 光瑠の胸の内は、ドクドクと血の音でうるさい。

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