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第16話「ユキの苛立ち」

「トモくんっ!」 晴也と会うときよりも気合の入った格好で友梨は先日知り合ったばかりの男へ駆け寄った。 駅で待ち合わせた2人は、これから大型ショッピングモールに映画を観に行く。 「友梨ちゃん。今日も可愛いね」 ニコ、と愛想良く笑う智幸に、友梨は晴也への少しの罪悪感を抱えながらも、智幸と言う自分の学校では知る人が少ないだろう顔の良い男の子の隣に自分がいる事に優越を感じていた。 (私、モテ期なのかなあ) 正直に言うと彼女は大分ナルシストであり、自分の可愛さや性格の良さまで自覚している。 だからこそ、今回浮気のようになってしまうこの逢引きは少し気が引けたが、映画を見るだけだから、と智幸に約束してもらい、今に至る。 「手は繋いじゃダメ?」 「ここ知り合いいるかもしれないから、ごめんなさい」 「ううん、いいよ。友梨ちゃんに嫌われたくないから、友梨ちゃんが嫌がる事はしない」 「っ、、」 トクン、と胸が波打った。 晴也のそばにいるときの智幸は恐ろしい程に機嫌が悪かったが、自分と2人きりのときはこんなにも優しい彼に、友梨は獣使いのような気分になっている。 「チケット買いに行こっか」 「うん」 約束通り、隣は歩くが智幸は友梨の手に触れなかった。彼女が嫌がる事はとことんしないと決めている。 けれど、ひとつひとつの動作を彼女の側でするようにしていた。 「あ、これ。これ見たいの」 友梨が指差したポスターを見て、何となく見たことのあるようなものの気がした。 どこでとは思い出せないうえ、正直あまり映画は好きではないのだが、興味もないものを見続けるのは奈津香の面倒を見ていて慣れてしまっている。 「席決めよ。何時のが良い?」 智幸がチケットカウンターに並び、彼の後ろに友梨も並んだ。 突然の呼び出しに、晴也とのデートをキャンセルし、着て行こうとしていた晴也の事を考えて飾ったコーディネートを組み直し、智幸が好きそうな少しだけ肌の出る服を着てきた。 待ち合わせの時間は少し過ぎてしまい、11時半を回っている。 「いっぱいお店見て回るなら、3時くらいのにしよっか?」 「うんっ」 券を2枚買うと、支払いは全て智幸が出した。晴也とはいつも割り勘で、たまに奢ってもらっているとはいえ友梨は智幸の漢気にキュン、とまた胸を高鳴らせる。 その後は昼食を早めに済ませ、ゲームセンターに寄ったり本屋や雑貨、洋服を見て回って時間を過ごした。 「ッ、、!」 「?」 途中、自分から繋いでしまった手を智幸が強い力で握り返してきた事に気が付いた彼女は彼を見上げた。 「トモくん?」 いつも見上げる晴也よりも高い位置にある小さくて形のいい顔は、どこか遠くを見ている。 「いたッ、」 彼女の白い手の甲に、智幸の切り揃えられた指の爪が食い込んでそう声を漏らすと、彼はやっと我に返って友梨を見下ろした。 「いたぁい」 「あ、ごめんね?大丈夫?痛くしちゃった」 慌てて友梨の手を見た。 自分の爪の跡がある事を確認すると、智幸は更に謝りながら彼女の手を撫でる。 そしてその手を持ち上げて、ちゅ、と小さくキスをした。 「ッぇ、」 「ごめんね?」 サラサラと肌を撫でられ、友梨は目を丸くする。けれどすぐに、唇にされた訳ではないのだから、と首を振り、晴也への罪悪感を遠ざけた。 「ううん、大丈夫だよ」 「ほんと?」 「うん!」 なんて優しいのだろう。 友梨は素直にそう思ってしまった。 皆方高校と言えば不良ばかりと有名で、智幸は見た目からしてあからさまにそうだ。 危険な香りを纏わせ、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。なのに今日は、自分といてこんなにも笑い掛けてくれる。 (そっか、、好きな人の前だとこんなに優しいんだ) 友梨は繋ぎ直した手をキュッと握る。 (私のことが好きだから、、他の子には見せない顔を私には見せてくれるんだ) 友梨の心は智幸に傾き掛けていた。 ファミレスで連絡先を交換したあの日から、2人の間では毎日メッセージのやり取りが続いている。寝る前には電話だってくれるのだ。 これはもう愛情表現以外の何でもない。 毎日してくれているのだから、自分より大切にされている女だって他にはいない筈だ。 (どうしよう、、ハルも好きなのに、トモくんも好きになっちゃったら、) もうなりかけていると言うのに、友梨は呑気にそんな事を考えた。 「、、、」 一方で、智幸は機嫌が悪くなっていた。 晴也とのデートを断らせ、友梨と出掛ける事に漕ぎつけたところまでは良い。 優等生で誰にでも愛され、小さい頃から目の敵にしてきた男を出し抜けるチャンスがまた巡ってきたのだ。 「チッ」 なのに、と小さく舌打ちをする。 まさかとは思ったが、先程友梨が雑貨屋の商品に夢中になっている間に辺りを見回した先には、光瑠と連れ立って映画館に入っていく晴也の姿があったのだ。 どうして光瑠と、と言う疑問と共に、2人を見た瞬間に怒りが込み上げ、智幸は我慢ならずに友梨の手に爪を立てていた。 抑える事などできる訳がない。 「トモくんどこか見たいところない?」 「んー、友梨ちゃんが見たいところ行こうよ」 「えっとね、そうだなあー」 モールの2階の案内板を見ながら、友梨は口元に指を当てて行き先に悩んでいる。 先程の舌打ちは聞こえていないようだった。 (何でヒカルといるんだよ) 光瑠からも、勿論晴也からもそんな連絡は受けていない。 連絡先を交換した事だって知らされていなかった。 「ここにしよ、ここ行きたい」 「うん」 何のためにこんな女と休日を過ごしているのだろうか、と智幸の頭に浮かぶ。 けれどそんな苛立ちを抱えたままでは目の前の彼女に「優しくする」のは不可能だった。 何とか自分の感情を誤魔化しながらモールを歩き回るが、智幸の苛立ちは段々と大きくなっていった。 映画館に足を踏み入れても、晴也達の姿は見当たらない。智幸はそれに安心しつつも、やはり気に入らなかった。 「、、、」 晴也と光瑠は何故一緒にいたのだろうか。 光瑠はあのファストフード店で晴也と出会ってから、確かに自分との会話にたびたび晴也の話題を振ってきてはいた。 だからと言ってこの短時間で2人で仲良く出掛けるようになるだろうか。 晴也にせよ光瑠にせよ、分け隔てなく人と関わるところはあるがそれにしても、と智幸は席について映画が始まっても疑問が消えなかった。 (、、ハルは俺のことは全然考えない) ブク、と苛立ちが湧いている。 だからだろう。 映画を見ながら暗闇の中で友梨の手を肘置きの上で握ると、自分の肩に頭を預けていた彼女の目の前に頭を傾け、そのままキスをした。 「っ、」 1番後ろの端の席を選んだのは智幸だ。 全て見越しての事だったが、やはり人目につかないのはいい事だな、と考える。 ちゅ、とすぐに顔を離すと、友梨が自分の手を握る感覚が強まった。 (簡単だな、本当) 心の中で呆れ返りながらも、智幸は友梨にバレないように口角を吊り上げて笑う。 (加那より簡単だった) 加那(かな)、と言うのは中学時代、晴也に初めてできた彼女だった。 そして今隣には、その子以来いた事がなかった新しい彼女である友梨がいる。 智幸は優越感に浸っていた。 小さい頃から喧嘩でも負かされ、成績も負けっぱなし。いつも親や妹、友達がそばにいる目障りな晴也に、自分が唯一勝てるのは女の存在だったからだ。 彼よりも早く彼女ができた。彼よりも早く童貞を捨てた。彼よりも多くの女の子と付き合い、どうでも良いように捨ててきた。 智幸は、昔から晴也が嫌いだった。 だからこそ、自分の面倒を見るようにそばにいて、いつも偉そうにしている晴也に勝てる方法を見つけたときは嬉しかった。 頭の良さや大人びた雰囲気があったところで、好きな女すら守れないのだから。 「友梨ちゃん」 「あっ、だめ、」 熱っぽく呼んだ名前を聞いて、友梨は色っぽい声で拒絶ではない拒絶をする。 映画の盛り上がりのシーンでは音がシアター内に響き続けており、2人が何をしているかも、小さな声での会話も、誰も気に留める事がなかった。 「っん、ふぅ、っ」 友梨は生まれて初めて他人の舌が自分の口に入る感触を学んだ。 それは想像よりもいやらしく、淫らで、何とも気持ちがいい。何より、自分には付き合っている男がいるのに、と言う背徳感が彼女の脚の間を濡らした。 誰にもバレずに智幸とするキスは、彼女の性欲を掻き立ててくる。 「あっ、!」 いつの間にか履いてきた短いとスカートの中に智幸の手が侵入し、しっとりとしているパンツの上から友梨の大事な割れ目をなぞり、そのまま下着をズラして中に侵入してきた手が、ゆっくりと割れ目を開いて誰にも触られた事のないそこに指を這わせてくる。 「ッ、っ!」 濡れて蒸れたそこに触れた指は、少しだけ固い小さな突起を見つけるとそれをやたらと刺激してきた。 身体に流れた甘い電流に思わず漏らした声は、映画の音声で掻き消え、ただ彼女の身体の内側の興奮だけが残る。 「、、出ない?」 スッと下着の中から智幸の手が引き抜かれる。 耳元で優しい声がした。 「え、でも、、」 「もっと触りたい」 「っ、、」 (ハルともこんなのしたことないのにっ、、) 彼女の頭はもう情欲でまみれ、それ以外の事は思い出してもすぐどこかへ消えていってしまう。 高校1年生、処女のままの彼女は、どうしても胸や密部を触られる快感や男の体温を知りたくて、小さく小さく頷いてしまった。 (全部アイツが悪い) 智幸は、満足げに笑った。

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