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第17話「ユキの嫉妬」

ホテルに連れ込んだ少女の上に覆い被さり、彼女が目を閉じるとキスを落とす。 こんな事ばかりをしている。 家に帰ってくると、1階のリビングの電気が付いていた。 明かりは全て消して家を出た筈だが、どうせ勝手に家に上がり、リビングでテレビを見るような人間は1人しかいない。 「おかえり、ユキ」 L字のソファにゆったりと腰掛けながら、晴也は背後にあるドアからリビングに入った智幸を振り返った。 夜は涼しい。 差し込む日差しもなく冷房を付けていなくても丁度いい温度を保てている部屋。 智幸は無言でドアを閉め、背負っていたボディバッグを下ろしてキッチンの横にあるテーブルの上に放った。 「、、出てけよ」 案外、低く冷たい声が出た。 智幸はまた苛立っている。 「夕飯は?」 「、、、」 「お母さんが夕飯持ってけって言うから来たのに、お前いないんだもん。とりあえず冷蔵庫入れといたよ、豪華なステーキ丼」 「金曜じゃねえだろ」 「高い肉もらったからお前に食わせたかったんだと」 (何でお前はいつもそうのうのうとしてんだ) 視線をテレビに戻して背後にいる智幸と会話をしながら、晴也はソファの上に置いておいた携帯電話の画面を眺める。 彼はいつもそんな調子で智幸の生活に自然と入り込み、平然とそこにいる。 晴也がそろそろか、と思っていた頃合いで、ちょうど良く入れている連絡用アプリの通知が入った。 友梨からだ。 「ユキ、電子レンジでチンして平気な器だからあっためて食えよ」 背後で智幸が動く音を聞きながら、晴也は手に取った携帯電話をいじる。 友梨[遅くなっちゃった、ごめんね?] 恋人から入った連絡に、ふっと柔らかく笑って返事を返す。 晴也[大丈夫だよ。どうだった?] 友梨[すごい楽しかった] ありきたりな文面を見ながら背もたれに体重を預けていると、顔に影がかかった。 部屋の明かりを遮って、晴也の目の前に智幸が立っている。ソファとテーブルの間は80センチ程は隙間があった。 「なに?」 自分を見上げもせず、目も合わさずにタタタッと彼女に返信を打つ晴也に、智幸は苛立った。 ギシ、と音をたてて片膝をソファに乗せ、晴也の身体に覆い被さるように迫りながら、彼が持っている携帯電話を後ろから掴む。 「、、なに」 「お前今日、誰と何処にいた」 低く凍てついた声を出して眼下の晴也を睨む。 けれど相手は怯む事なく智幸を睨みあげ、クッと笑ってから整った顔で作り笑顔を浮かべた。 「お前は誰とどこにいて、何してたの?」 晴也は美しい。 狼狽える事のない大人の色香を既に身に付けていて、自分から攻め込んできた智幸さえも返り討ちにする。 「、、、」 グッと奥歯を噛み締めた。 智幸の顎のラインが一瞬だけ膨らんだのを見て、晴也は「図星か」と更に笑みを深める。 智幸を見上げる男の視線は、彼を理解し切っている。おちょくるように舐め腐った煽る目は、片目を細めた。 「何処で、誰と、何して来た?」 「ッ、!!」 智幸の頭には「悔しさ」がブクブクと湧いて来ていた。 「お前の女とホテルにいた」 辛うじて勝ち誇った表情を作り、彼は煽ってくる晴也の視線に耐えて口角を吊り上げる。 「ヤッた」 「、、、」 「処女だったんだな」 「、、、」 「お前とのデートキャンセルして俺とホテル行くの選んだんだよ、あの女は」 「、、、」 「何だよ、クソ童貞。悲しくて何も言えねえのか?」 智幸の手が晴也の喉に伸び、胸ぐらを掴んで自分へ寄せる。 晴也はされるがままに服が千切れそうな程強引に上をむかされ、鼻先が触れそうな距離まで身をかがめた智幸を真っ直ぐに見つめた。 「また、自分の女、俺に取られたな」 また、とは数年前、中学時代に起きた事件の事を指している。 「そうだね」 「悔しいんだろ?久々に出来た彼女で童貞捨てたかったよなあ?ごめんな?」 安い言葉で晴也の神経を苛立たせようと智幸は延々とそんな台詞を吐き続けた。 しかし、対して無表情になってしまった晴也は見た目も中身もしごく冷静なまま、下らないものを見る目をしている。 (変わらないなあ、こいつ) そして、少しだけ悲しんでいた。 (何で嫌いなくせに俺に関わってくるかなあ) その理由は何となく分かっている。 分かっているけれど、晴也は今以上に何も進めようとは思わなかった。 腐れ縁で続いてきた幼馴染みと言う関係。 智幸がそれを続けるのならば、自分は何も手助けしないと決めているのだ。 「智幸くん」 「ッ、!」 晴也は彼を「智幸」と呼んだ。 その声は重たく、先程まで煽りの文句をつらつらと述べていた智幸の口を一瞬で引き攣らせた。 (弱いくせにベラベラうるさい) すぐそこにある智幸の顔へ晴也が手を伸ばし、その薄い下唇を親指と人差し指でグッと爪を立てて掴んだ。 「そんなに俺の彼女が欲しいならあげるよ。浮気するような女、いらないから」 「い"ッ!!」 唇の裏、柔らかいその肉に晴也の親指の爪が血が出そうな程食い込んでくる。 突然の痛みに智幸は顔を歪めた。 「別れるから付き合ったらいいじゃん。ちょっと待ってろよ、今電話かけるから」 「い、いッだ、」 携帯電話を掴んでいる智幸の手を無視して。開いていたアプリの友梨のアイコンをタッチするとさっさと通話ボタンを押した。 プルルルルー プルルルルー 「ハル、痛い、離せッ」 「ダメ。ここで聞いてろ」 光瑠や他の誰かなら、智幸は迷わず現状の相手を殴るだろう。 いや、手を伸ばされた時点で払い落とすなりしていた筈なのだ。 けれど、どうしても彼は昔から目の前にいる男が殴れなかった。 5回目のコール音が終わると、通話の画面表示に切り変わる。友梨が電話に出た。 それを見てからすぐに晴也はスピーカーに切り替えるボタンを押した。 《ハル?》 「ッこの、!!」 智幸が携帯電話を掴んでいた手を動かし、晴也の手からそれを奪おうとする。 それをサッとかわすと、「動くな」と言う目で智幸を睨みながら唇を掴んでいる右手に力を込めた。 「い"ッ!!」 《ハルー?大丈夫ー?どしたのー?》 「ごめんごめん、声聞きたくなっちゃって」 「ハル」と聞こえるたびに智幸の眉間の皺が深くなる。 歯軋りが聞こえそうな程に奥歯は食いしばられ、歪んだ表情が晴也の視界に写っていた。 《そうなのー?びっくりしたあ》 うふふ、と嬉しそうな声がする。 晴也は掴んでいる唇を眺めながら、通話口から聞こえてくる声にやっぱり可愛いなあと思った。 「それでね、友梨」 《うん?なあに?》 「別れよっか」 《、、、え?》 極端な話題の転換に、友梨は頭がついていかずに素っ頓狂な声を上げた。 唇を掴まれたままの智幸は苛立たしげに晴也を見下ろし、晴也はにこりと笑いながら彼を見つめ返している。 「ユキに聞いたよー」 《え、、え?ごめん、待って、?》 ふと、上機嫌に唇を掴んでいた手が緩まった。 「?」 怒りに満ちた表情のままの智幸の半開きになった口に、晴也はズボっと人差し指と中指を突っ込む。 「ッぐ、」 智幸は低い声を漏らし、怒りに満ちた顔のまま、けれど彼の指を噛む訳にはいかず黙っていると、突っ込まれた指に口内を弄られ始める。 「っぅえ、ぐっ」 上顎のヒダをなぞられ、歯の上を指が滑り、溜まった唾液が晴也の指に絡んでぬちぬちと音を立てながら舌をくすぐられる。 晴也はただそれを面白そうに眺めながら、電話の向こうの彼女の反応も同時に楽しんでいた。 《ハル、お願い待って、聞いて》 「ユキに処女あげちゃったんでしょ?」 《待って違うの、違うから、無理矢理だったの!》 「えー、、俺との約束すっぽかして遊びに行って、自分からホテル行ったのに、無理矢理?」 《ほ、ホテルに入ってやっぱり嫌って言ったんだよ?なのにトモくんが、!》 「んー、そうなの?」 電話の向こうの彼女に聞いたのか、それとも目の前の智幸に聞いたのか。 分からなかったが智幸は口の中でぐちゃぐちゃと音を立てながら舌を遊ばれていて、他の音が聞き取れないでいた。 《そうなの!!無理矢理だったの、本当に!!》 「っぁ、、ん、」 「ふーん、そっかあ」 とうとう我慢できなくなり、智幸は自分から晴也の指に舌を絡めた。 爪の間をなぞり、肌の区切りのシワを楽しむように触り、ちゅぷ、と音を立てて色んな角度から舐め上げていく。 「でもそれ嘘だよね」 晴也は自分の指を必死に舐める智幸を満足そうに、けれど無表情のまま眺めている。 《何で信じてくれないの!?》 通話口の彼女はとうとう逆ギレを始めてしまった。 「はあ、、はあ、、」 携帯電話を握っていた手を離し、智幸は両手で晴也の腕を掴んだ。 彼の手が逃げないようにグッと抑えつけ、口に突っ込まれていた以外の指にも舌を這わせ始める。まるで犬のようで、興奮しているのか息が荒い。 「まあいいや、じゃあ明日話そ。部活ないし」 《本当に無理矢理だったのに!私被害者なんだよ!?何でトモくんに文句言ってくれないの!?おかしくない!?》 人は自分の為ならこんなにも強くなれるのか、とぼんやりと考えながら、晴也は自分の右手の親指を手元まで咥え、ちゅぱ、と爪の先まで必死にしゃぶる智幸を見つめる。 「うーん、、ユキは言っても聞かないし」 《はあ!?》 「大体、俺とのデートより他の男選んでる時点でもういらないんだよね。そんな彼女」 《ま、待ってよ、それは謝るから、、ちゃんと謝るから!》 縋り付く声が気持ち悪く、晴也は少し顔を顰めた。 「今からもう一回ユキと話してみる。じゃあ明日ね」 《待って、ハル!!ハル!!》 プツ、と通話終了のボタンを押した。 (どうせすぐかけてくるんだろうなあ) 智幸がこんな面白い事になってるのに、と晴也は気が散るのが嫌で携帯電話のボタンを長押しして電源を切ってしまった。 バフ、と音を立ててソファの少し離れた位置に機体を投げ捨て、自分の右手を見上げる。 「智幸くん」 「ッ、、ハル、それ、嫌だ」 指を咥えながら切なそうな顔がこちらを見下ろした。晴也は迷惑そうに顔を歪め、「あ?」と声を漏らす。 「さっきまでの威勢はどこいったんだよ」 「い、嫌だ、、ハル、名前、」 「智幸くん」 「ッ、、、」 急に智幸は威勢の良さをなくし、眉尻を垂らして晴也の足元に膝立ちをして舐めていた手を離す。 怒られているときの大型犬に似ていた。 「ハル、名前、やめて、頼むから」 小さく震えながら正座をした。 形勢逆転した2人は、態度もまるで違えていた。 智幸は異常に「智幸くん」と晴也に呼ばれる事を嫌がり、泣きそうな顔をしている。 「嫌だよ。お前が悪いんだろ」 晴也は右の足をソファに乗せ、膝を立たせて再び背もたれに体重を預ける体勢になった。 「ハル、」 「また?また彼女とって?それでなに?」 「っ、、」 優越感に浸りたかった。 自分が晴也よりも優れていると思いたかった。けれど目の前の男がそんな事で揺らがないというのも、頭のどこかで智幸は理解していた筈だ。 「加那のときみたいに俺から奪ったら、何かあるとでも思った?」 そうしてテレビの音が微かに響く部屋の中で、2人は2人だけのあのときの記憶を思い出していた。

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