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第20話「ハルとユキの距離」
晴也はくすぐったいような気持ち良いような舌の這う感触に少しだけ目を細め、必死になって舌を差し出す智幸を見つめた。
「ハル」
「お前以外に俺がそう呼ばれるのがいやなの?」
晴也は足の指を動かして智幸の舌の邪魔をしながら、長い睫毛に乗った埃を指先で払い、少し眠そうな顔でそう聞いた。
「俺のだから」
智幸の言葉に、一瞬晴也の瞬きが止まる。
「ハルは俺のだから」
とろんとした顔で晴也の足を舐めながら、智幸は熱のこもった視線を晴也に向けた。
「だから?」
「、、、」
そうやって甘ったれているのだと、瞬時に晴也は理解する。
(決定的なところからはいつも逃げるなあ、こいつ)
甘やかして来てしまったのは自分だが、構って欲しすぎて毎度晴也に嫌がらせをし、その度に怒られて泣きついてくる幼馴染みに再びイラついた。
彼はそれに気が付かず、晴也の広げていた脚の間に手を伸ばしてくる。
「、、、」
智幸のそれと同じように勃起した熱は、確かにズボンを押し上げてわかりやすく主張している。
「ハル」
「、、、」
「これも舐めさせて」
「あ?」
晴也はいい加減ムカついて、舐められていた足で智幸の顔をグッと蹴った。
「足だけっつったろ。調子乗んな」
「ッ、ハル、お願い」
「ダメ」
智幸の顔が歪む。
それはいつもの彼からは想像できない程弱々しい顔だ。
「ハル、、ハル、」
「足だけなら、舐めながらオナニーしていいよ」
「っ、、」
晴也のそこから手が引いていった。
智幸は晴也に見えるようにわざと膝立ちになり、ソファの上からでもよく見える位置で自分のそれを扱き始める。
言われた通り、晴也の足を舐めるのはやめず、むしろ誘うようにいやらしく舌を這わせていく。
「ぁ、、ん、、ん、」
「んっ、、ユキ」
「はあ、、はあ、、ん?」
自分の足を愛しそうに舐め回す姿が可愛く思えて、晴也は少しだけ機嫌が良くなった。
「上手に射精できたらチューはしていいよ」
「えっ、、いいの?」
「一回だけな」
嬉しそうに微笑みながら、智幸は自分のそれを扱く手を早める。
明らかに自分の性器よりも長くて太いそれを智幸の大きな手が上下に擦っている様は妙に扇情的で、晴也も思わずぴくん、と腰を動かしてしまう。
(えろ、、)
あんな大きなもの、人に入るのだろうか。
晴也のものですら痛がった女の子が3人もいたのに、と考えながら、そう言えば友梨は処女でこれを味わったのか、と何処か尊敬してしまった。
「ハル、ハルッ」
「イってからだよ」
「キス、、キスしよ」
「ダメ」
足から口を離し、晴也の唇を求めて、ぐん、と智幸が身体を倒しソファに乗り出してくる。
「キスさせて、ハル、お願い」
調子に乗って晴也を嘲る為に必死になっていた憎たらしい男はどこへ行ったのか。
智幸は晴也に完全に飼い慣らされていて逆らえず、ただただキスがしたいと請うばかりだ。
性器を扱く右手は止まっていない。
「ダメって言ってるだろ」
「お願い、イクから、キスしてイキたい」
鼻先が擦れる距離にあるお互いの目を見つめるが、晴也は一向に承諾せず、智幸の息が上がっていく。
無理矢理してしまえばいいものの、智幸はどうしようもなく晴也に許されたがった。
「はあ、、はあ、、」
「足で我慢しろよ」
「一回だけ、お願い、、はあ」
(可愛い)
智幸と言う人間の本来の顔がこちらだと言う事。情けないくらいに「ハル」と言う存在に支配されている事を、他の誰が知っているだろうか。
「ベロだして」
「ぁ、」
「もっと突き出して」
智幸はもう晴也に言われるがままだった。
男性が射精時に急激に思考力が低下するように、智幸の頭の中にあるのは晴也とキスの事しかない。
「よだれ垂らすなよ、汚ねえな」
ソファに膝立ちしながら、自分の脚の間で必死に性器を扱く男を見上げた。
赤く染まった頬は熱でも出したかのようにだるそうに見え、欲情し切った目は晴也から視線を外す事がない。
出させた舌からダラダラと唾液がソファに溢れていく。目の前に餌を置かれ、ずっと「待て」をされている犬のようだった。
「き、す、、」
はあ、はあ、と荒い息遣いが顔にかかる。
「、、いいよ、おいで」
何だかんだ自分はコイツに甘いなあ、と少し呆れた。
甘やかすのもいつまでか期限を決めなければ、この永遠に続きそうな馬鹿なやり取りが死ぬまで何度も繰り返され、いずれ出来てしまうお互いの伴侶や子供すら巻き込んでいくのだろうと晴也はうっすら危惧している。
(何とかさせないといけない)
「ハル」
ちゅ、と唇が重なる。
「ん、、ん、んっ、」
智幸の舌が口内に侵入すると、途端に晴也の息が苦しくなった。
噛み付かれるようなキスは胸も苦しい。
「ユキ、ンッ、、っは、んんっ」
「ハル、1人にしないで、」
だから、誰も、お前を1人にした事なんてないだろう。
「んッ、、ぅ、」
ビクビクッと智幸の身体が震え、自分の手の中に射精した彼は、晴也の唇に自分の唇を押し付けたまま脱力する。
ソファに座り込んで晴也に寄り掛かった。
「ん、、おい」
頭を退かされて顎を晴也の肩に乗せると、溜まっていた息を吐き出して射精の気持ちよさに浸りながらそこで目を閉じて呼吸を繰り返す。
「ハル」
「手、拭け。汚い」
「ハル、」
「退けよ」
拒絶してくる晴也に切ない視線を投げるが、智幸はまったく返してもらえなかった。
「飯、ちゃんと食えよ。俺もう帰るから」
グッと智幸の肩に手を置いて立ち上がると、彼の膝を跨ぎながらソファから降りる。
(結局これだけ)
晴也は嬉しいような不貞腐れているようなよく分からない自分の中身を煩わしく思った。
友達でもない、親友なんかじゃない、ただの幼馴染み。
ここと、あそこにいるだけの存在。
その筈なのに、互いの距離感が変にバグっている事に彼は気が付いている。
気がついてはいるが、見ないようにしていた。
「ハル、」
「なに」
「、、、」
智幸が、自分から逃げていると感じるようになったのはいつからだったろうか。
お互いに、遠くに行っていないかと不安になって確認するようになったのは何歳のときだったろうか。
「、、何でもない」
そうして、智幸が毎度口籠もり、何も言わずに晴也を家に帰すから余計にややこしくなるのだ。
(言わないんだ)
彼らは一線を超えない。
お互いにその線を見ようとしていない。
悲しい程、晴也からすれば智幸は意気地なしで、智幸からして晴也は意地が悪かった。
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