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第21話「ハルの別れ」

「、、ハルはいつも、俺に優しくない」 ぽつんと1人、部屋に残された。 誰も聞かない呟きを溢すと、智幸はソファの上で自分の脚を抱えて黙り込んだ。 月曜日が来た。 「別れたくない」 身勝手な言い分を並べた長々とした台詞が終わると、友梨は胸の前で両手を組み、ギュッと握り込んで晴也を見上げる。 晴也は少し驚いたような顔をして彼女を見ていた。 「え、まだそんなこと言うの?」 晴也は今日、機嫌が良いような悪いような、よく分からない状態で過ごしている。 昨日の夜の2人きりのリビングでの出来事を思い出さないようにしながらも、時折り頭に蘇る智幸の表情や、吐息に頬が緩むときがあった。 けれどそれを考えるとすぐさま、「甘ったれ」の顔も思い出し、腑が煮えくり返る程の苛立ちが喉奥から駆け上ってくる。 「だって、、だって本当に、無理矢理で、」 彼女の目にはたっぷりと涙が溜まっていた。 「んー、じゃあ仮に無理矢理だったとしても俺はもう友梨に興味ないよ」 「何でそんなこと言うの、、ひどい」 「話をすり替えないでよ。ひどいのはどっち?」 呆れた、と言いたげに重いため息が晴也の口から吐き出され、友梨の身体はビクッとそれに反応した。 自分が悪い事は重々承知しているものの、こんなにも急に別れが来ると思っていなかった友梨は、遊びで手を出してノリで処女を捧げてしまった事を非常に後悔している。 確かに晴也は奥手だが、側からみれば見た目も頭も良く性格も穏やかで優しい。 友人よりも自分を1番に考えてくれていた。 加えて、昨日から智幸とまったく連絡が取れないでいて友梨は焦っている。 「わ、別れたくないの!」 万が一、晴也と別れても次は智幸がいるのだと彼女は思っていた。 だって、昨日、人生で初めてのセックスをした相手なのだ。 易々と裏切られる想像もできていなかったし、そんな事が本当に起こると知らなかった。 送っても送っても返ってこない連絡用アプリの返信を考えると胸が苦しくなる。 彼女は昨日からずっとそれを待っていたのだ。 (浮気して彼氏にフラれて浮気相手とも付き合えないとか笑えない、、!!) 月曜日、放課後。 ハンドボール部は休みだ。 A棟とC棟を繋ぐ長い廊下には吹奏楽部がいて、本当はそこにあるベンチに座って話し合おうとしていたのだが、仕方なくやめて空いていた晴也のクラスの教室で、2人は少し離れた席に座っていた。 「俺、馬鹿嫌いなんだよね」 「え?」 ボーッと黒板を眺めながら晴也はそう言った。 「浮気をする、即刻バレる。はいこれ馬鹿のやること。まず浮気をすること自体、馬鹿のやること」 「、、、」 「そのくせ別れたくない別れたくないうるさい。馬鹿。浮気相手の男にも捨てられる。これも馬鹿」 「え?何で知ってるの?ハルがトモくんに連絡取るなって言ったの!?」 何故またそこでキレるのか、と晴也はため息をこぼした。 外からはサッカー部がグラウンドを走るときの掛け声が聞こえて来る。 今日はよく晴れていた。 「言ってないけど分かるよ。あいつの中で俺と別れた友梨に価値なんかないから」 智幸は自分の彼女だから友梨に手を出したのだ。 (俺より優れてるって思いたかった、、とか言いつつ、俺が自分以外のやつにハルって呼ばれるのが嫌なんだろうなあ) 晴也は黒板から目を離して窓の外を見てサッカー部を探したが、ここからでは声は聞こえても姿は見えない。グラウンドに面している窓ではないからだ。 智幸がどうして友梨に手を出したのか。 答えは簡単で、もちろん晴也の彼女だったからだ。 『ハルは俺のだから』 自分の方が晴也より優れているだとか、智幸の中では本当はどうでも良い。 晴也の方が優れているに決まっていると、彼自身痛い程理解している。 それを言い訳に使っているだけで、智幸は晴也のことを「ハル」と他の誰かが呼ぶ様が許せないだけだ。 約束した筈なのに晴也が自分を「1人にする」かもしれない状況が、彼は耐えられない。 「、、、」 晴也は薄々それに気が付いていた。 けれど智幸が自分と向き合わず逃げ続けている限り、晴也もまた智幸と向き合う気はない。 「何それ、、」 それ以降、もう2人が喋る事はなかった。 友梨が耐え切れずに泣き出すと、面倒くさくなった晴也はカバンを持ち上げてさっさと教室を出て行った。 晴也は性格が悪い。 友梨の事を本当に好きだと思っていたが、それは利口で品のある女性だと信じていたからだ。 「あーあ」 全部ちゃんと嬉しかったのに。 告白して受け入れられたときも、初めてのデートも、手を繋いだ瞬間も、キスも。 全部全部愛しい思い出だったのに、今はもういらないものになってしまった。 「、、、」 『ハルは俺のだから』 「馬鹿だなあ、俺もお前も」 脳裏に浮かんだ可哀想なくらい切ない表情にまたため息が漏れる。 数年前に一度だけ起こった間違いをお互い意識しないように会う回数が減った。 それでいいと思っていたのに、胸の内にあるわだかまりはそれを許さず、彼らは互いに「お前は俺をどう思ってる?」と口には出さず、行動で確認するようになった。 晴也が智幸を雨の日の帰りに呼び出す事も、智幸が晴也と2人きりのときにだけ膝枕をせがむのも、全て確認行動だった。 それをもう数年、ずっと続けている。 (暇になっちゃったなあ) 傷付くのが怖くて、認めるのが恐ろしくて想いだけは口にせずにいる。 (帰り、本屋でも寄ろうかな) そうしてずっと、2人とも逃げていた。

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