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第23話「ハルの危険」
それから1週間近く、智幸は誰ともセックスをしなかった。
「だから最近梅若先生の機嫌が悪い」
「それを俺に言われてもなあ」
光瑠は翌週の月曜日の放課後、部活のない晴也を誘って近くの駅に新しく入ったタピオカドリンクの店に来ていた。
先日からやたらと智幸の機嫌が良く、その裏でセックスの誘いを断られ続けている梅若の機嫌が悪く、周りの連中が迷惑している。
そんな話しをズラリと並べて晴也に聞かせながら、自分を含めた智幸の周りの友人関係について長々と話していた。
「まあでも、トモが穏やかだと原田も隣にいて楽しそうだしいいんだよね」
「あー、あの子か」
ぼんやりと顔を思い出せる原田を脳裏に浮かべ、晴也はロイヤルミルクティータピオカを飲む。
じゅるじゅるっと音を立てて厚みのあるストローから何個かモチモチのタピオカが口に入ってきた。
「ふーん」
ショッピングモールのように店の連なる駅中は広い。
ライトアップされた煌びやかな店の中でも、新しくできたばかりのこのタピオカドリンク店は白を基調にして淡いグリーンをポイントに入れた女子が好みそうな可愛らしい内装で、ロゴもそれに合わせたデザインをしている。
「原田と付き合わないかなあ、トモ」
「んー?」
付き合ったとしてどうなると言うのだろう、と考えながらモッチモッチとタピオカを噛む。
「お似合いだと思うんだよなあ、俺としては」
「んー」
(まあ、俺達って付き合おうと思えば誰とでも付き合えるからなあ)
持っているプラスチックのカップを振り、中に入っているタピオカの数を確認する。
注文のときに光瑠に「タピオカいっぱいにして下さい」と勝手に言われた事もあり、ミルクティーの量とタピオカの量を比較すると確実にタピオカが最後に余る気がした。
テーブルに肘を付きながら光瑠に視線を戻し、晴也はまたタピオカを吸い込んだ。
(ユキが誰かと付き合う、、もう別に悲しいことでも何でもない)
いや、初めから、誰かと智幸が付き合って悲しかった事はなかった。
ただ違和感があった。
1人にしないでと言う割に、智幸は晴也から離れようとする。
晴也に手を出す事はなく、他の誰かでずっと代用しようと言うのだ。
(あいつの覚悟が決まらないなら、高校生で俺達の関係は終わりにしないと面倒そうだなあ)
甘ったれ同士で付き合いもせず、ただお互いに、おそらく「好き」ではある。
ふわふわとしたそんな関係でずっといる事は晴也自身は構わないのだが、ただ苛立ちはある。決め切らない、いつまで経っても覚悟ができない智幸を甘やかし続けるのはどこか腹立たしかった。
(あいつがそんなで、ずっと他の女や男に手を出し続けるなら俺も普通に結婚とかしたい)
智幸とずっと一緒に、2人だけでいる事が叶わないのなら、もう諦めて普通に女の子と付き合い、智幸に邪魔されずに結婚して子供を育てて親孝行がしたい。
晴也としての考えはこうだった。
そうでなければ、ずっとお互いに確かめ合うだけで虚しい人生で終わってしまう気がした。
ずっとモヤモヤしたままで死んでしまう気がした。
「あ、そう言えば俺、友梨と別れたよ」
「ふーん、そうなん、、えっ?」
「ユキとヤったんだって。だから、」
「えええッ!?何それ!?」
口に入っていたらしいタピオカを噛まずにグッと飲み込み、光瑠は目を見開いて驚いている。
カップを持つ手に力が入り、ベコッと少しひしゃげてしまった。
テーブルに身を乗り出し、光瑠は晴也の目を覗き込む。
「大丈夫だったの!?」
「何が?」
「ウシくん的に別れて良かったの?ってかそれトモに言った!?なんで分かったの!?」
「ユキが、友梨とヤったぞって言ってきた」
「それで!?ちゃんと怒った!?」
「、、ふっ、あはははは!」
あまりにも必死になっている光瑠の表情が面白く、思わず晴也は吹き出して笑い始める。
やはりミルクティーは飲み終わってもタピオカはたくさん余ってしまって、プラスチックのカップの底に氷と一緒にタポタポと残っていた。
「怒ったよ、大丈夫大丈夫。ありがとう。光瑠くんはいい奴だなあ」
クックックッ、と笑うと、光瑠は拍子抜けして肩を落とし、息をついて晴也が落ち着くのを待った。
(ウシくんて、何でこんなに余裕でいられるんだろ、、普通ムカつくよな、彼女に手出されてたら)
「友梨ちゃんと別れたんだ、、トモとはどーすんの?」
「え?」
カップの底のタピオカを眺め、晴也はハッとしたようにそちらを向いた。
「トモとは喧嘩?、て言うか、縁切ったとか?」
「いや、説教して終わりにした」
「それでいいの!?もっと怒るべきじゃねえ!?」
「めっちゃ怒ったよ」
「本当かなあ、、」
怪しむ目がジロジロと晴也を見ている。
「反省させたから大丈夫」
「、、、」
このとき、光瑠は何となく「だからかな?」と思っていた。
反省させた、がどのような場合にしろ、それが何らか影響していて今の智幸は機嫌が良く、満たされたような顔をして落ち着いているのだろうか、と。
(だったら凄いよなあ、ウシくんて)
何処か大人びた表情をしている目の前の青年を見て、また光瑠は胸が高鳴った。
(凄い)
晴也を前にしたときだけ見せる智幸の安定感は何だろうかとずっと思っていた。
仲は良くないと言うくせに何だかんだつるんでいるようだし、お互いのことをよく分かっているように思える。
特に晴也は、智幸の扱い方を心得ているのだろうと感じていた。
入学当時から暴力的で、学校もサボりがち。すぐさま新人の女教師に目をつけてたらし込んだ男。面白そうだな、と思って近づいたはいいものの、黙認しているだけで取り返しがつかないような事も平気でやる智幸の隣は楽しくも恐ろしいものだ。
智幸のやり方に染まり切らなければいけないときもあった。
言い合いになって殴られたときもあった。
けれど誰もあの狂犬じみた男を止められる事はなく、またその危険な魅力に逆らえる程、光瑠は強くもない。
強烈に恐ろしく、強烈に惹かれる存在。
智幸はそんな男だった。
「、、ウシくんてさ、凄いよね」
それを目の前の男は恐れていないのだ。
「ん?」
残ったタピオカは捨てる事にした。
もう腹がパンパンになっている。
「なんて言うか、トモのこと、飼い慣らしてる感じがする」
その一言に、目の前の男は心底おかしそうに口角を吊り上げて笑んだ。
(うわ、ッ)
長い睫毛の奥にある緑色の美しい瞳が、ぐるん、と景色を巻き込んで揺らぐ。
腰の付け根から、背筋を一気に悪寒にも似たうずきが駆け上がって行き、光瑠の身体を震わせた。
引き込まれてはいけない、と頭に浮かんだ。
「人に飼い慣らすなんて言葉、使っちゃダメだよ」
多分、智幸よりもこの男の方が危険なのだ。
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