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第28話「ハルとユキの終わり」
「なに、?」
どうせいつものように少し冷たくされるだけだろうと思った智幸は、迷わず震える手を晴也に伸ばした。
けれど、いつもだったら優しく握り返される手には誰も触れず、ただ宙を掴むように彼の睨みのきいた視線によって叩き落とされ、シーツに落ちて行った。
「お前なんかいらない。家に帰れ」
いつも通り、いつも通りの筈。
それだと言うのに、きっと智幸だからこそ今回の晴也の対応の違いに気が付いてしまっていた。
これは本気だ。
本気で拒絶されている。
一瞬目の前に蘇ったのは、行かないで、連れて行って、と嘆く自分を置いてドアを閉める母親の姿だった。
「いやだ、、ハル、いやだ、イヤだ!!」
シーツに皺が寄った。
智幸が力の限りで握りしめているせいだ。
晴也は無表情のまま、ただ黙ってもう諦めていると言った態度で智幸を見つめている。
世界はひんやりしていた。
夏だと言うのに寒くて仕方がない。
「ひ、1人に、しないで」
ぼろぼろと涙が溢れてくるのを止めず、奥歯を噛み締めて晴也を睨むように見つめる。
部屋の中は晴也の匂いがした。
香水や整髪料の匂いではなく、抱きしめられたときや触れ合ったときに智幸が感じる、晴也自身の匂いだ。
お決まりの台詞を言い、少し迫り上がって苦しい呼吸を繰り返し、そんな匂いを肺に入れながら智幸は必死に手を伸ばして晴也の膝に触れた。
制服越しの体温がそばにないのが疑問で苦しくて、ヒュッと馬鹿みたいに情けない音が喉から溢れる。
「1人はいやだ、、ハル、ハル」
「、、、」
出来る事なら優しくしたい。
抱きしめて「ごめん、嘘だよ」と言って安心させたい。
でもそれはいつまでだろう。
いつまで続けなければならないだろう。
晴也は膝に触れている小刻みに震える手を眺め、肩から力を抜いてカーテン越しに窓の外を見た。
明るい夜だった。
先程階段を登る音がしたから、多分冬理と奈津香は寝たのだろう。
「俺ももういやだ」
「っ、」
「お前を1人にしない代わりに、俺が1人になるのは、もういやだ」
どうしてずっとそばにいてくれないのか。
隣にいるよ、と言ってくれないのか。
晴也ではなく違う女を抱いて、キスをして、甘い言葉を掛けて。
(何でそれで、お前は満足できるの)
晴也はもう限界だった。
たった一言、「好きだ」と言ってくれたなら、それで終わるのに。
無表情を崩さないままそれだけ言うと、膝に触れる手を払い除けて、ベッドから立ち上がった。
「下で寝る。好きな時間に帰れ」
低く冷たい声が部屋に轟く。
階段を下っていく音がしてから、智幸は晴也が座っていた場所に手を伸ばして、布に残った体温を引き寄せながらぼたぼたとシーツに涙を落とした。
「ハル、、?」
誰より何より自分を選び、優先してくれる筈の存在がなくなった。
驚き、それから絶望していた。
『1人にしない』
その約束が、破られた日だった。
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